第3話 イケメンと贈り物



  授業が終わった直後。うちの教室にやってきたマチダくん——待田まちだ友樹ゆうきくんは、私を見つけるなり手を上げた。


 隣のクラスの王子様がやってきたことで、女子たちが色めき立つ中、私は知らないふりをするけど、待田くんは見逃してはくれなかった。


「ノルン、ほら帰るぞ」


 よそのクラスに堂々と入ってきた上に、私の前に立つ待田くんを見て、友人の真紀まきは目を丸くする。


「ちょっと久美、どういうこと?」


「うん……事情があって、一緒に帰ることになったんだ」


「事情って……しかもなんでノルン?」


「さあ……待田くんの考えることはよくわからないから」


「もしかして、王子様に告白されて付き合うとか?」


 真紀の言葉に私はぎょっとする。


 本人を目の前にしてなんてことを言うのだろう。

 

 私は咄嗟に待田くんの顔色をうかがうけど、彼はとくに反応することもなく平然とした顔をしていた。


 なんとなくホッとした私は、小声で真紀に告げる。


「そ、そんなわけないでしょ……」


「じゃあ、なんなの?」


「待田くんとは友達になっただけだよ」


「友達?」


「そう、友達」


「友達から始まるってこともあるからね」


「——友達から何が始まるんだ?」


 こそこそ話す私と真紀の後ろから、待田くんが割り込んでくる。


 私が冷や汗をかく中、真紀はニヤニヤしながら待田くんに告げる。


「それはもちろん、恋に決まってるじゃない」


「真紀!?」


「まあ、頑張ってよね」


「もう……何言ってるの」


 周囲の視線は痛いし、待田くんに関わるのは大変かも……。

 



 ***




 帰り道、日が暮れた並木道は、紅葉をより濃く色鮮やかに染めていた。

 

「待田くん!」 


 待田くんの早足についていけなくなった私は、とうとう前を行く背中に声をかける。


 すると、待田くんは立ち止まって振り返る。


「なんだ?」


「今日は一緒に帰るだけですよね?」


「ああ」


「じゃあなんで私たち、繁華街の方角に向かっているんですか?」


「友達になったんだから、寄り道くらい当たり前だろう」


「はあ!? 今、帰るだけって言ったのに」


「寄り道して帰るだけだ」


「もう、なんなの……この人」


 屋上から飛び降りようとしたことから、とんでもない行動に出る人だということはわかったけど——それ以上に待田くんがマイペースな性質だということも十分にわかった。


 私はなんとか先に帰る理由を考えるけど、そうこうするうち、待田くんが再び歩き始める。

 

 それから幾度となく声をかけようとしても、待田くんの足には追いつかず、結局私は流されるままに寄り道をすることになったのだった。




 ***




 並木道を抜けて、繁華街に入った待田くんは、そのまま巨大なショッピングモールの中へと足を踏み入れていった。


 てっきり、メンズファッションのフロアにでも行くのかと思ったけど、待田くんは意外にもファンシーな雑貨のお店を物色し始める。


 誰かが誕生日なのだろうか?


「——で、待田くんは、どうして雑貨屋さんに?」


 ぬいぐるみを興味なさそうに漁る姿は、あまりにも違和感があったので、私は思わずそう訊ねていた。


 待田くんは真面目な顔をこちらに向ける。


「せっかく友達になったんだから、記念に何か贈ろうと思って」


 ————それって、私に何か買ってくれようとしてるってこと?


 意外な言葉に一瞬だけ気持ちが上がるけど、相手がガラン王子似だということを思い出してゾッとする。


「え……いいですよ、そんな」


「いや、よくない。友達にはプレゼントが当たり前なんだろう?」


「なんの話ですか?」


「昨日、兄貴に言われたんだ」


「待田くんのお兄さんって……」


「生徒会長だ」


「まさか、私の力のことも……?」


「いや、言ってない。女(の友達)ができたと言っただけだ」


「はあ!? 私、待田くんの恋人になった覚えはないですよ」


「もちろんだ。お前はコイビトじゃなくて友達だ」


「じゃあ、なんでそんなこと言うんですか」


「そんなこととは、どんなことだ?」


「私を女だなんて」


「生物学的に女だろ? もしかして、違うのか?」


「いえ、違いません。でも誤解を生むので、これからは言い方を変えてください」


「誤解?」


「そうですよ。生徒会長は絶対私を恋人だと思ってます」


「……ノルンがそう言うなら、わかった」


 待田くんは素直に頷いた。


 ……なんだか調子が狂うなぁ。


 私を火あぶりにしたガラン王子に似ているのに、待田くんの中身はまるで違っていた。


 ガラン王子は沈着冷静を絵にしたような人だったけど、それに比べて待田くんは、なんとなく憎めない雰囲気だよね。


 待田くんはガラン王子とは違う——そう感じた私は、なんとなくホッとしながらも、強い口調で告げる。


「友達にプレゼントはいりませんからね」


「なんでだ? せっかくここまで来たんだから、贈り物くらいはさせろ」


「でも……」


 それから五分ほど押し問答を繰り返していた私たちだけど、先にギブアップしたのは私だった。


「……わかりました。私、もうすぐ誕生日なので、それは誕生日プレゼントとしていただきます」


「プレゼントには理由がいるのか?」


「そうですね。付き合ってもいないのに、プレゼントを貰うのはやっぱりおかしいと思うので、誕生日プレゼントってことにしてください。私もお返ししますから」


「ふうん。女の友達とは、ややこしいものだな」


「待田くんのほうがもっとややこしいと思いますよ」


「そんなことは——」


 その時だった。


「——あの」


 待田くんと会話していた最中、ふと誰かに声をかけられる。


 振り返ると、向かいの文具コーナーに同じ制服の美形イケメンがいて、私はハッとする。


 波打つ黒髪に、大きな丸い瞳。


 忘れるはずもない。だって、前世の恋人に似ているから。


 彼は、今朝車から助けた幼児の——お兄さんだった。


「あなたは……」


「よかった。見つかって……俺あなたのことをずっと探していたんです」


「へ?」


 少し大人びた彼は、私を見て屈託ない笑顔を見せた。


 すると、傍にいた待田くんが腕を組みながら片眉を上げる。


「ノルン、誰だこいつは?」


「今日、車から助けた子供のお兄さんです」


「なるほどな……お前もノルンの友達になりたいのか?」


「ちょっと、何言ってるんですか!」


 待田くんの天然発言に焦っていると、イケメンさんは優しい顔で告げる。


「実は弟を助けてもらったお礼がしたくて……ずっと探し回っていたんです。でもここで偶然会えたのは奇跡ですね」


「お礼なんて、そんなのいいですよ」


「いえ、受け取ってもらわないと俺の気が済みません」


「えっと……でも私、たまたま居合わせただけですから」


「あなたは弟の命の恩人ですから、どうか受け取ってください」


「……そこまで言うなら」


 なんなんだろう。今日はプレゼントをたくさん貰える日なのだろうか?


 私が困惑気味に答えると、黒髪のイケメンさんは顔を明るくする。


「ありがとうございます。じゃあ、お礼は後日送りますので、住所を教えてもらってもいいですか?」


「わかりました」


「なに、ノルンの住所だと!?」


「待田くん?」


「俺もまだ知らないのに、なんでこんなやつに先に教えるんだ」


「え」


 待田くんの言葉の真意がわからなくて動揺していると、そのうち黒髪のイケメンさんが少し低い声で告げる。


「……この方は、あなたの恋人ですか?」


「ち、違います!」


「俺はこいつの友達だ」


「なら、別に構わないじゃないですか」


「なぜだ? 家に行くなら友達が先だろう?」


「俺は別にお邪魔するわけじゃ——」


「だったら、俺にも住所を教えろ。今日買うプレゼントは送ってやる」


「へ?」


 食い気味に言ってきた待田くんに、私の目が点になる中、黒髪のイケメンさんはニッコリ笑って間に入ってくる。


「恋人でもないのに、何を張り合っているんですか?」


「お前は恩人に住所を教えてもらうなんて図々しい」


「俺の場合は当然のことです」


「俺だって当然だ」


「ちょっと……目立つので……やめてください」 


 張り合うイケメン二人に野次馬が集まるのを見て、私は大きなため息を吐いたのだった。


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