第2話 厄介なお友達



「——ほらな、やっぱりできるんじゃないか」


 紅茶を映したような焦茶色の綺麗な髪と目をした彼——マチダくんは言った。


 隣のクラスのマチダくんは、私が今朝、車に轢かれそうだった子供を助けるところを見ていたらしい。しかも私が瞬間移動したと思っているようだった。


 けど、まさか私が五分間だけ時間を止められるなんて説明できるわけもなくて。


 瞬間移動説を否定したら、マチダくんは屋上から飛び降りようとしたのである。


 それで私は時間を止めてフェンスの外に出たのだけど——彼の腕を掴んだ瞬間、彼は罠だったことを告げた。


 すっかり嵌められた私は、足元の景色を見てごくりと固唾を飲みながら告げる。

 

「瞬間移動なんてできません」


「嘘をつくなよ。それとも、今度こそ飛び降りるか?」


「次はもう知りませんから」


「じゃ、飛び降りる」


 本気で飛び降りようとして片足を上げるマチダくんを、私は慌てて止める。


「ちょっと待ってくださいよ!」


「お前が認めるまで待たない」


「もう、なんなのこの人……」


 王子様って言うくらいだから、もっと大人っぽい人を想像してたけど——この人、やることがめちゃくちゃすぎ!


 なんて、私が呆れた顔をしていると、マチダくんは腕を組んで確認してくる。


「まだ認めないのか?」


 なんて頑固な人だろう。この人にはきっと、何を言っても無駄だよね。


 私が認めない限り、きっといつまでも同じことを繰り返すに違いない——そう考えただけで疲れてしまった私は、観念したように告げる。


「違います。私はただ、時間を止めただけです」


「はあ?」


「私、五分間だけ時間を止めることができるんです」


「そうなのか……へぇ」


「私の話を信じるんですか?」


 当然のように頷くマチダくんに、私は思わず目を丸くする。


 だって、本当のことを言ったところで、信じてもらえるとは思ってなかったから。


 前世の頃は、こんな話をすれば魔女と罵られたりもしたし、今世では話したところで信じる人もいなかった。だから何も考えずに事実を告げたけど、彼だけは納得した顔をしていた。


「信じないわけがないだろう。現に子供も俺も助けられたんだから……そうか、時間を止められるのか」


 子供のように無邪気な笑顔を見て、ドキリとした私は咄嗟に視線を逸らす。


 まさか、こんな風に素直に信じてもらえるとは思わなかったし、かといって化け物扱いもされないなんて、初めてじゃないだろうか?


 私は普通に受け入れられたことが少しだけ嬉しかったけど、そんな感情は表に出さないようにして、そっけなく告げる。


「なんだか楽しそうですね」


「ああ、楽しい。面白いやつを見つけたからな」


「……気持ち悪いとか思わないんですか?」


 私はこの力のせいで、前世で火あぶりにされたことを思い出してゾッとする。自分を不幸に貶めた力を憎んでさえいた。


 けど、マチダくんは私の力を否定したりはしなかった。


「気持ち悪いと思う理由がないぞ」


「だってこんな変な力を持っているなんて……おかしいじゃないですか?」


「変な力じゃない」


「変な力ですよ。それにこの力は災いしか呼ばないから」


「災い? 力を使った反動で何か起きるのか?」


「反動なんてないけど……この力が広まれば魔女狩りにあうかもしれないし」


「お前、いつの時代の人間だよ。魔女狩りなんてあるわけないだろ」


「でも……」


「お前はまるでノルンだな」


「ノルン?」


「北欧神話に出てくる、運命の女神の総称だ」


「私、そんなたいそうな人じゃありません」


「時間を止められるなんて、よほど神に寵愛されているんだな」


「マチダくんって……信仰とかしてます?」


「いや、俺は無神論者だ」


「え」


「たとえ話をしただけだ」


「……マチダくんって変な人ですね」


「褒め言葉ととっておこう」


「なんていうか……前向きすぎて怖いかも」


「お前が後ろ向きすぎるんだろう、ノルン」


「へ?」


「お前の名前は今日からノルンだ」


「私には水越みなこし久美くみって名前があるんですけど?」


「呼び名くらい、いいだろうノルン」


「良くないです。マチダくんみたいな王子様にノルンって呼ばれたら、きっと噂になる」


「人の噂なんて気にするものじゃない」


「マチダくんはよくても、私がよくないんです!」


「まあ、そう怒るな、ノルン」


「もう、やめてよ」


「——友樹ゆうき兄さん」


 マチダくんの自由さに混乱する中、ふいに誰かの声がして、私の心臓が大きく跳ねた。


 振り返ると、フェンスの内側には下級生の王子様イケメンが立っていた。


 短く刈り上げた頭がいかにもスポーツマンという雰囲気の彼は、切れ上がった目を優しく細めて告げる。


「体操服忘れたんだけど。兄さんのやつ貸してくれない?」


 すると、私の隣にいたマチダくんが声を張り上げる。


「俺よりでかいくせに、なんで俺の体操服なんだよ、たけし


「俺には体操服を借りられる友達がいないんだよ」


「なんだと。寂しいことを言うなよ」


「そういう友樹兄さんだって、ぼっちなんだろ」


「いや、俺はもうぼっち卒業だ」


「なんだって!?」


「俺にはノルンがいるからな」

 

 そう言って、私の肩を組むマチダくんに、私は思わずぎょっとする。


「……え? 私?」


 けど、マチダくんはマイペースな性格らしく、そんな私の動揺なんておかまいなしに、朗らかな笑みを浮かべた。


「今日友達になったんだ」


「その人が兄さんの友達? 取り巻きじゃなくて?」


「ああ、こいつは俺の唯一の友達だ」


 ————と、その時。


 ふいに、マチダくんの言葉が引き金になって、私の前世の記憶が蘇った。



〝お前は俺にとって唯一の友達だからな〟



 昔、誰かが私に告げた同じ言葉。


 城下町が見渡せる丘の上で、は最高の笑顔をしていた。


 けど、その光景を思い出した途端、私は震えが止まらなくなる。


 どうしてすぐに気づかなかったのだろう。


 マチダくんは、私を火あぶりにしたガラン王子に——こんなに似ているのに!


 きっと髪や目の色が違っているから、わからなかったんだ。


 私は焼かれた熱さや痛みを思い出して、ゾッとしてしまう。


 けど、私の内心を知らないマチダくんは、私を見て嬉しそうに笑っていた。


「——わ、私……教室に戻ります」


「そうか。じゃあ、また放課後な、ノルン」


 そこでふと、マチダくんの言葉に引っかかって、私は振り返る。


「え? 放課後? どうして?」


「友達になったんだから、一緒に帰るだろ」


「ええ!?」


 私が驚いていると、下級生の王子様がため息混じりに告げる。


「友達と一緒に下校なんて羨ましい」


「大丈夫だ、お前にもそのうち友達ができるはずだ。なにせ、俺の弟なんだから」


「あの……私は一緒に帰るなんてひとことも……」


「じゃあな、ノルン」


「え? ちょ、ちょっと」


 私が最後まで言う前に、マチダくんは颯爽とフェンスを越えて去っていった。


 そして静かになった屋上で、私もフェンスの隙間から屋上の内側へと移動すると——出口に向かう途中、マチダくんの弟さんに声をかけられた。


「あの、ノルンさん」


水越みなこしです」


「ふつつかな兄ですが、仲良くしてやってください」


「……はあ」


 なんとなく否定できない雰囲気に、私はげんなりする。


 もう関わりたくもないのに、どうすればいいんだろう。


 私が密かに嫌な顔をする中、マチダくんの弟さんは爽やかに笑う。


「それじゃ、僕もこれで」


 身を翻して、階段を降りてゆくマチダくんの弟さん。


 こうして今日、私に厄介な友達ができたのだった。


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