第三話 深い深い深い底


「ここでございます。」

 

 唐突にそう告げた八重は数分前に買った綿菓子をまだ口につけず持っていた。

 

 そもそも目的地があったことを知った俺は、綿菓子がついていた木の棒を持ちながら目の前のアンティーク調になっている「喫茶 五丁目」に入った。

 

 ファミレスのような物凄い電灯の明るさに目を掠めながら店内を進む。

 

「いらっしゃい。」

 

 そうカウンター席の方から声がした。

 

 そこにはモノクルをかけた、古めかしいセーラー服に身を包んだ女性がいた。

 

 その姿は可憐でありながらどこか寂しげな雰囲気を纏っていて。

 

 そこまで見惚れていると自分が返事をしないクソ客のようなことをしていると気づいた。

 

「い、いらっしゃいました。」

 

 自分でも焦りすぎて何を言っているのか分からないが、おそらく意味不明なことを言ったに違いない。

 

 目の前の女性は「なんやそれ」とクスクス笑っている。

 徐々に顔が熱くなっていくと、後ろからヌッと能面が顔を出してきた。

 

 うわ、と思った矢先、八重かと気づく。

 

「お久しぶりです、陸奥様。」

 

 そう落ち着いた声で伝えた。

 

「ほんまにね。」と名前を陸奥と言う女性は応えた。

 

「ってか連絡ぐらいしやーよ。音沙汰なさすぎやろ。」

 

「いやあ、それに関しては申し訳ありません。」

 

「あんたなあ」

 

 ため息混じりの陸奥さんの声は何故か少し嬉しそうだった。

 

「ほんで、この子が新しい案内人さん?」

 

 そう言われた時、一瞬誰のことを言っているのか分からなかった。

 

 だが八重の「ええ。」という声が明らかにこっちを見ながら呟いたので大体予想はついた。

 

 というよりもこの服や面を渡されていた時から嫌な予感はしていた。

 

 半ば呆れたようにため息をつく。

 

 その様子が陸奥さんには見えていたようで「ほんとにええの?」と言いたげな表情をしている。

 

「もういいです...」と漏れ出した息と共に出た了承が八重の反応を今まで以上に早くした。

 

 ばっとこちらの目を見る能の面は「では」と話を始めた。

 

「私たちは先ほども申した通り、案内人でございます。」

 

「正式名称は『おろし』やね。」

 

「その通り!私たちのお仕事は『誰からも忘れられかけている人間』をあるべき場所に送ることです!」

 

「そ。その人たちを『愚者』って呼んどる。」

 

 こんな風に陸奥さんが注釈を入れてくれるおかげで八重の分かりづらい言葉も理解できた。

 

 そしてこれは言っていいのか分からないが、ゲームの設定みたいだな、と思った。

 

 そんなモヤモヤもあったがとりあえずは気にせず聴きたかったことを聞く。

 

「じゃあさっきの「あれ」も愚者ってやつなのか?」

 

「はい。大分限界そうですが。」

 

「限界?」と不穏な言葉を反芻した。

 

「ええ。愚者についてもう一つ注意点が。」

 

 またもピリついた空気が流れる。

 

「彼ら彼女らは制限時間があるのです。」

 

「?」

 

「さっきも言うたようにな、誰からも忘れられかけた状態が愚者なんよ。」

 

 誘導されたように質問した。

 

「じゃあ、ら?」

 

「........彼ら彼女らは「偶像」となります。」

 

「...そこにあるだけ。誰も知らん。知ることすらできん。」

 

 深刻そうに話す二人を何故深刻なのかわからない俺は矢継ぎ早に質問した。

 

「知ることができない状態、その'偶像'になったら一体何が起こるんだよ。」


 あっ、と口を手で塞ぐ。


 なんとなく、なんとなくの勘だった。

 

 そこまで聞いてようやく自分が踏み込みすぎていることに気が付いた。

 

 もう後戻りはできない。

 

「特には何も。」

 

「?」

 

「厄介なのは'偶像'という存在なんです。」

 

「物質?」

 

 もはやオウムのように聞き返す俺はこの話に惑わされるかのように考えることができなかった。

 

 「はい。細かく言えば、この地、奈楽には...」

 

 俺はさっきまでの好奇心を黒く塗り潰された。

 

 そんな感覚を覚えた。


「滅ぶのですよ。この地、「奈楽」と現世が。」


 滅ぶ?


 あまりのスケールの大きさに嘘だと感じた。


 いやそう信じたかった。


「なん、で」


 変に呼吸が乱れる。


「偶像は八つ揃ば、常世解けゆく」


「昔からの伝承。そして実際に壊れ始めているのです。」


「...今奈楽には6の偶像がある。」


「ちょ、っと待て。」


 じゃあもう、そう言いかけた時。


 パラパラパラと陸奥さんの目の前の新聞が一人でに開いた。


「なんと珍しい。」


 八重は驚いた様子で新聞を見た。


 俺からすればただのポルターガイストだが彼らからは違うらしい。


「お、おい。それより続きは?6つって?限界は8つなんだろ?」


 押し付けるような焦燥が体を蝕む。


 それは二人にも伝わったようで、落ち着きな。と陸奥さんは宥めるように言った。


「これを見ればわかります。」


 そう言う八重は新聞を指差した。


 乗り出すようにカウンター席に座り、覗き込む。


 指さされた新聞の日にちは「18⬜︎⬜︎年5月32日」と書かれていた。


「この新聞はいわば「書庫」です」そう言う八重に書庫?と返した。


「ええ。この新聞の大見出しは自分が知りたいことを写すのです。」


「ただ、滅多に写さん。やから珍しいんよ。」


 そこまで聞いて大見出しを確認すると、そこには「大スクープ!ついに判明、偶像の秘密!」と見慣れた書体で写されていた。


 惹かれるように文をなぞる。


 そこにはさっき説明された内容に付け足すように偶像の危険性が幾つも書かれていた。


 偶像の近くにいるだけでも人は混乱し、自律神経を刺激される。


 偶像は使用不可。

 偶像は拝めることで生きていながら愚者になる。

 偶像は封印されたものや触れることすら危険に及ぶものもある。


 そんな風に羅列された文字列には「瓦楽多」と造語?が書かれていた。


「なんだこれ、かわららくた?」


「ああ、ルビはないのですね。」少し失笑気味な八重はその文字を指なぞりながら


瓦楽多がらくたと読むのですよ。」


顔を上げて八重を見ながら「瓦楽多...。」と呟く。


「その新聞も瓦楽多の一つ。」


 顔を下げるとさっきまでの大見出しは真っ白に消え、「コラム」と書かれた小見出しに「瓦楽多とは。」と写されていた。


 瓦楽多は降によって送られた愚者の抜け殻。

 そのほとんどが生前の愚者の強烈な思い出から出来る。

 偶像とは違い、基本害はなく、使用制限があるものが多い。


 などと綴られていた。


「いいですか?」読み終わったのを感じ取ったのか八重は話しかけた。


「貴方様を奈楽に連れてきたのは、貴方様のその適正故なのです。」


 適正?そんなもの生まれてこの方感じたこともないが。


「貴方様、昔から人の感情に敏感では?」


「?...言われてみれば?」


 そう、言われてみれば。だ。


 昔はよく誰かが感情を露わにすると気分が悪くなっていたのを何故か今思い出した。


 ただ、ペテン占い師のように誰にでも当てはまることを言っているようにも思えなかった。


 そう思考の海へと沈んでいくと不意にドクンッと体の中が響いた。


 鼓動。それがいつもよりも鮮明に、まるで耳元で囁くように鳴った。


「東雲様?」靄がかるように八重の声が遠く聞こえた。


 瞬きをした。その瞬間。


 俺は真っ暗な部屋に囲まれていた。

 

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