第二話 奈楽
目の前は湯気で満たされている。
そして俺は裸でここにいる。
見る話を間違えたかな?と思った読者の方々。
ご安心を。間違ってはございません。
正真正銘、ここは奈楽です。
なんでこうなったのか。
数刻前...。
「こちらでございます。」
前方をゆくるりと歩く仮面野郎に少し遅れてついていく。
着いた駅。「奈楽駅」は窓からみた景色とは違って現実味があった。
いや現実味という言葉は合っていないかもしれない。
なぜなら俺の目にはここは名古屋駅に見えるから。
俺は名古屋駅の金時計の真下にいる。
それでも電光掲示板は消えていたり、何故かICカードが使えないなど少し変わっていた。
また横目に見える売店にも商品は一つもなく、もちろん人っ子一人も確認できない。
やはりここは現実ではないのであろう。
本能に近い理性がそう告げた。
なら何故俺はここに来たのだろうか。
モヤモヤと考え事が頭を煙みたいに包んでいく。
ふと前を見ると先ほどまでゆらゆらと歩いていた男が消えていた。
どこへ行った?と側から見たら蛙化現象を起こしそうなほどキョロキョロと探す。
「そういえば。」
いきなり後頭部に言葉が降りかかりビクッと体を揺らした。
「びっっくりしたぁ。驚かすなよ。」と嫌味風につぶやく。
男は気にせず、話を続ける。
「自己紹介がまだでしたね。私の名前は
淡々と、どこか楽しそうに(仮面のせいで確認はできない)答えた。
それと同時に自分も自己紹介しなければ、と思った。
「俺は
と軽く挨拶するように言った。
「東雲様。良い名前ですね。」と突然の褒めに「っす。」と照れ隠しをしてしまった。
「さて、それでは行きましょうか。」とまたも歩み始める。
まだ顔が暑い俺は八重に聞く。
「どこに?」
そう聞くと八重はこう言う、
「風呂屋でございます。」
その時八重はニヤリと笑った。気がした。
「ここです!」
少しばかり歩いて着いた先は紅色に染められた暖簾がかかった場所だった。
八重の指を刺した先には「極楽浄土」と達筆で書かれた看板が立て掛けられていた。
あまりの名前のインパクトで気持ちだけ後退りした。
いやもはや感嘆の「おお。」という声すら出た。
「いやあ。ここの温泉、ほんとに昇天するんですよぉ。」
そう笑う八重の言葉は嘘とも本当とも取れるような口ぶりだった。
ただ大量の情報が流れ込んでくるこの光景に流されていた。
そうして気がつけば服を脱いで、体感45℃くらいの風呂に体を沈めていた。
俺、あの世で風呂入ってる。
考えれば考えるほど意味がわからない。
だが深く思考を巡らそうとすると暖かい温泉が身を包んで上手く考えれなくさせられる。
このままではまずいと思い、下半身が湯に入った状態で状況を整理する。
入った時も思ったがかなりの深さがある。と腰まで浸かった体を見る。
さあ。まず、俺は学校から帰宅途中、最寄りを寝過ごした。
その後「きさらぎ駅」と言う知らない駅まで運ばれた。
そこで誰かに押されて降ろされた。
そしてあの「愚者」と出会い、間一髪で八重に助けてもらってここに来た。
ここまでで疑問になるのは、誰が俺を押したか、だ。
あの列車には誰もいなかったのは確認した。
それに咄嗟に振り返っても誰もいなかったのだから到底普通の人間では成し得ないことはわかる。
だったら八重か?
いや、八重は次の列車で来たし、それに助けてくれた恩もある。
こんなことで犯人候補に挙げてしまうのも申し訳ない。
じゃあなおさら誰があんなことを?
そこで一つの考えが頭をよぎった。
押されたのではないのか?
確かに5本の指で押された感覚はあったが、故意に押した、とも考えられなくなってくる。
なぜなら、あの時の感覚は、特段力強くもなかった。
例えるなら後押しするような、そんな、感覚。
そこまで熟考しているといきなりくしゃみが出た。
流石に全裸だったからか冷えたようだ。
早めに上がろうとザバっと足を湯から上げる。
ふと気がついたが、先ほどよりも足が軽くなった、気がした。
「...おい。」
さっきまで気持ちよく風呂に入っていた人間とは思えないほど低い声で呼ぶ。
「なんでしょうか、東雲様。」
ニコッと笑った気がした仮面からは今はうざったいほどの上がった声が聞こえた。
「この服はなんだ。」
反対に俺は先ほどと同じように低くした声で答えた。
「ええ、やはりとても似合っております。」
嬉しそうに応えた八重は「おや。」と言った。
「仮面はどちらに?」
はあ、と半ば呆れたように背中の帯に入れておいた「狐の面」を取り出す。
ここで勘のいい人は帯?と思ったことだろう。
そう、俺の服はよくわからない「袴」のようなものに変わっていた。
しかもただの袴ではなくて、半分甚兵衛のようになっており、手首足首、首には何重にも重なった、鈍色の輪っかをつけている。
あまりにも何かのコスプレすぎる服装に恥ずかしくなってくる。
対して八重は俺よりもコスプレ味の強い服装なのにも関わらず恥ずかしげもなく楽しそうだ。
「なにを笑ってんだ?ってか俺の制服は?」
とほとんど怒りをあらわにしながら聞く。
「ご安心を。また後でお渡しします。」
また笑いながらそう答える。
なにが楽しいんだよと思い軽く睨みながら仮面をつける。
なんの素材で作られたのかわからない軽く、着けやすい狐の面は思いの外、視界が良く、これなら動けなくもないと感じた。
そんな新視点から八重を見ると思い出したことがある。
「完全に忘れてたけど、「愚者」ってなんだ?確か聞いてないよな。」
その言葉に、八重もそうだったと言わんばかりと反応を見せた。
「そうでした。私も忘れておりました。愚者とは...」
そう言いかけた、八重は先ほどの高揚感を嘘かのように消して、語りかけてこようとした。
一瞬の出来事に目の前にいるのが八重ではないと錯覚する。
そう、まるで別人のようだ。
ピリついた空気が数秒流れたが気づけば八重は俺の目ではない方へ目線が移っていた。
この少しの間に感情が二転三転する八重について行こうと同じように目線を後ろに回すと。
そこには綿菓子が置いてあった。
まさか、あれにキラキラとした目を向けていたのか確認しようと前を向き直すと、
そこには誰もいなかった。
バッと背後を見ると、そこにはウキウキで色とりどりの綿菓子を手に取っては吟味する八重がいた。
さっきの緊張感はなんだったのかとテレビのバラエティかの如くズッコケそうになった。
ただ、その様子に安堵も感じた。
正直先の八重は初めて会った時よりも怖く感じた。
わざと恐怖を与えたように。
「東雲様、こちらを。」
小走りで二つの綿菓子を持ってきた八重は、化学的な水色で仕立て上げられた方を半ば無理やり俺に渡した。
「あ、ありがとう。」
試しに口にした綿菓子は本当に死の世界のものかと疑いたくなるほどひどく甘かった。
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