奈落夜行
@sanbashi0629
第一話 どうぞ落こし下さいました
昔から俺は眠気に弱い。
つまらない授業やテレビのCM時間ですら眠たくなって一気に夢へと落ちていってしまう。
その体質は例外なく電車でも発揮される。
そのため何度も終点まで寝てしまい車掌さんに起こされるなど、ほぼ日常茶飯事だった。
よく色々な人が「日本人は特殊能力を持っていて、どれだけ深い睡眠でも目的地の駅に着く前に起きることができる」なんて冗談めいたことを言うが、その説が正しいのならば俺は少なくとも日本人ではないと思う。
ちなみに両親ともに血筋は純日本だ。
なら養子か。なんてまるで主人公の生い立ちのようなストーリーが出来上がりそうになった。
寝ぼけ眼を擦りながら少しずつ自分がどこにいて何のために何をしているのかぽつぽつと思い出していく。
あー。またやってしまったのだと、ようやっと気づいた。
ガタガタと音を鳴らしながら、どっちの方向に進んでいるかもわからないこの列車の電光掲示板には見たこともない駅の名が流れていく。
「終わった」
そう伽藍とした空間に呟いた。
周りには誰もおらず、吐いた声は誰にも聞かれず悲しそうに少しずつ消えていった。
こんな状況だが別に焦っているというわけではない。
なんというか、何度も同じことをしていると慣れるものである。
人間というのは面白い生き物だな。とふと思う。
席で座る。
何かすることもないのでボーっと電光掲示板を見つめる。
脳の働きが安定してきて文字もしっかりと読めるようになった。
実を言うと次の駅の名前をさっきは確認できていなかった。
ただ、聞いたことがない駅だったので乗り過ごしたと判断しただけである。
一定のスピードで左から右へと流れる文字には
「きさらぎ駅 きさらぎ駅 ⬜︎⬜︎⬜︎に乗り換えの方はお降り下さい。」と写っていた。
「きさらぎ駅?」
さっきまでは「知らない駅」と思っていたが、どっかで聞いたことのある響きだな。と思い、真っ黒に仕立て上げられた制服のポケットを探りスマホを取り出す。
慣れた手つきでロックを外し、検索サイトへと飛ぶ。
しかし「きさらぎ駅」と検索バーへ打っても打っても途端に一文字ずつ消えていく。
あまりの奇妙な現象に頭にデカいハテナが浮かび上がりそうだった。
試しに他の文字を打ってみても同じように消えていく。
なら、故障か?と思った矢先、ふと右上の電波マークを見るとそこには「圏外」と書かれていた。
ああ。なるほど。圏外だから読み込まないのね。はいはい。と勝手に自己完結していたが、よく考えると検索できないのはあり得るが、文字が消えることはなくないか?と考え直した。
その直後、体はキキーッと言う耳障りな音とともに傾いていく。
アナウンスが「きさらぎ駅、きさらぎ駅」と反芻しながらドアから煙でも吐き出しそうなほど大きなため息をつけて開いていく。
とりあえずどうしようもないので一旦降りて確認しようとドアの付近へと歩く。
するとある違和感に気づいた。
ドアの向こうがあまりにも暗い。
まさしく一寸先は闇だ。
もしかしたらこの先は崖で、進めば落下する。と言われても納得できるほどには暗黒だった。
夜だから。では済まされない。
だからこそ何にも掲揚し難い恐怖がある。
すると電車はピロピロピロと発車アナウンスを出した。
ジッと外を見つめていて急な音に俺は驚いてしまった。
その瞬間。
俺は誰かに背中を押された。
確実に。
蹴られたわけでも押し込まれたのでもなく、はっきりと5本の手で。
当たり前に俺は前へ飛び出して闇に足を踏み入れた。
咄嗟に手をつき背後を見る。
それでもそこには誰もいなかった。
呆気に取られていると、電車は扉を閉め、発車してしまった。
あまりの急な出来事にポカンとしていると、直後体をぬるっとした嫌な風が包んだ。
車両の中の涼しい空間から一変、夏の暑さでもない気色悪さを感じた。
そしてもう一つ、嫌なことがあった。
臭いだ。
嗅いだこともない、腐敗臭でもない。
ただ、そこには「人間臭さ」が立ち込めていた。
さっきまでとは打って変わって「闇」への恐怖から「謎」へと変化した。
手で体を後ろへズリズリと後退させる。
さっきよりも臭いがキツくなってくる。
心なしか視線も感じる。
とにかくここらか逃げ出したい。
そう感じさせる雰囲気がここを纏う。
「..........ザん」
ひゅっ、と息を呑む。
「何か」がいる。
目の前に。
闇に紛れて「何か」が。
こちらを見ている。
正直限界だった。
俺はついに「あ...」と声を出してしまった。
何かが近づいてくる感覚が肌にビリビリと伝わる。
またも俺は「終わった」と思った。
その瞬間、どこからともなく「ピロピロピロ」と音が鳴った。
それと同じか一瞬で後ろから巨大な鉄の蛇が線路を伝ってやってきた。
俺は咄嗟になぜか開いたままのドアに体を飛び込ませた。
すると奇妙なことに先程までの恐怖や臭いは嘘かのように消え失せた。
乗り込んだコイツはドアをため息をつけながら閉めた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
一瞬、ほんの一瞬。
死んだと思った。
その事実と現実へのギャップで俺は涙目になってくる。
だがそんなことすら気にせず列車は「次は、奈楽、奈楽。」と流れるように呟いた。
「奈楽?」と上手く呼吸できない口から言葉を発した。
「ええ、奈楽でございます。」
「へえ。聞いたことないな。」
どこからともなく溢れ出た冷や汗を拭いながらあまりにも自然に応答した。
そこで気がついた。
俺は誰と喋ってる?
チラッと前を見るとそこには、「ひょっとこ」の仮面をつけた男?が立っていた。
「うわっ!」と綺麗な悲鳴をあげてしまう。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。」
そいつはあたかも「案内人」のように俺に話を続ける。
「奈楽とは人々が最後に行き着く場。いわばあの世です。」
「はっ?」
俺は聞き捨てならないことを聞いた。気がした。
「あの世?って言ったか?」
「ええ、あの世でございます。」
残念ながら聞き間違えではないことはわかった。
「俺は、死んだのか?」
馬鹿馬鹿しい質問だが今は何故だか緊張した声色で発せられた。
「いえ、迷い込んだのです。」
「えっ?」
「ですから、貴方様は迷い込んでしまったのです。」
「じゃあ死んでない?」
「はい。死んでおりません。」
一気に緊張が解け、力が抜けた。
「よかったぁ...って迷い込んだってなんだよ。」
一つの疑問が湧いたので質問してみた。
「私もよくは分からないのです。ですが貴方様はまだ死んではおりませんので、おそらくといった見解でございます。」
淡々と説明をするコイツはよくわからん仮面をつけながらよく喋れるなと思った。
そういえば、と思い又も質問をする。
「てか、さっきの臭い?の場所ってなんだったんだ?」
コイツは待ってましたと言わんばかりの声量でこういう。
「よくぞ聞いてくれました!『あれ』はですね、『愚者』でございます!」
そう嬉しそうに口早にいう男?を遮るかのように電車のアナウンスが喋り始める。
「まもなく、奈楽、奈楽。終点でございます。」
遮られたのが気に食わなそうなコイツは少し落ち着いた声に変わっていた。
「窓の外を見てみては?」
外?と疑問に思いつつ、立ち上がってみる。
「おぁ」と間抜けな声を上げてしまった。
あまりにも綺麗な街並みとまるで現実ではない風景に俺はあの世だということを本気で信じることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます