第3話
大抵こうして生命の危機に瀕した人間は、やれ走馬灯だの後悔だのが頭をよぎるものなのだろうが……イツキには走馬灯になる程美しい日々も、やり残した事も無い。
ただ、死を許された安堵があった。
彼が逆らう事無くただ沈んでいると、目の前にクジラではない灰色の影が現れた。
影はイツキへ問いかける。
「どうして……生きようとは、思わないのですか」
親無しの自分が、ただ一人だけ生き残ってどうすると言うのか。
自分はこの村で、彼ら船乗りに生かされているのだ。
船を失った今、自分ひとりでは只の『陸の役立たず』ではなかろうか――。
「俺だけが生きて世界が変わるとでも?」
そう言葉にすると、彼の口から気泡が溢れては海面へ上っていく。
どうやら彼は頭から真っ逆さまに沈んでいる様だ。
まるで身投げでもしたかの様な有様である。
「私の世界が変わるのです」
灰色の影はそう言って、こちらへと近づいてくる。
そんなの知った事では無い、勝手にしろと、イツキは無抵抗に目を閉じた。
漁村近くの浜辺。目覚めたイツキは訳も分からず海水を吐き散らす。
鼻や目の奥に塩気と痛みを感じながら、イツキは誰かがこちらをのぞき込んでいる事に気付いた。
逆光で顔は見えないが、彼の頬をそっと撫でる手は柔らかくひんやりとしていた。
朦朧とした頭では掛ける言葉も見つからず、そうこうする内に人々の騒めきが聞こえてくる。
顔の見えない誰かは、イツキをそっと浜辺へ寝かせ何処かへ行ってしまった。
イツキがどうにか身体を起こすと、彼を見つけて顔見知りの者が駆け寄ってくる。
先の騒ぎを聞きつけ救助活動に当たっているらしい。
イツキが辺りを見回すと、さざ波の合間に浅瀬から沖へと向かう傷だらけの背ビレが見えた。
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碧い人魚と鮮血の恋 岡田リョウリュウ @RyoRyu_MG
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