第2話
目を覚ましたイツキは、はて奇妙な夢だと首を傾げる。
仕事で沖へ出るも、夢で見たサメの事が頭から離れない。
あまりにボケっとしているものだから、仲間の漁師らに怒鳴られる始末だ。
仕方なく、彼は夢の事を話してみた。
「はぁ~! お前そりゃア、魅入られとるな!」
イツキが聞き返すと、漁師らは古い伝承を聞かせてくれた。
曰く、海には美しいヒトの貌を持つ異形の魚がいて、気に入った人間を水難から助けたり、時に喰らうのだそう。
「大方、昔の人間がサメやらシャチやらを怖がってそう呼んだんだろうなァ」
ひとりがそう締めると、他の漁師が口を挟む。
「言ってもよぉ、俺の先代の話じゃア人魚を招いて宴会したって話だぜ」
「あァ~、網にかかった人魚をもてなしたんだって、ウチの婆さんが……」
その日は曇天で、魚もあまり獲れない日だった。
オヤジどもの雑談を黙って聞くイツキだったが、ふと遠くに白い尾ビレを見た。
扇の様な形はクジラのそれだろうか。
周りに幾つかの小さい黒い尾ビレが肉眼で確認できた。
彼は声を張り上げ周囲に呼びかける。
この辺りでクジラが回遊するなんて聞いた事が無い。
騒ぎを聞きつけた船長は、双眼鏡でクジラの群れを見るなり顔面蒼白で「陸へ帰る」と言いだした。
胸騒ぎを覚え、イツキは船長に訳を聞く。
「あの白い奴はダメだ。アレはもう何隻も沈めてる」
そう言うと、船長はドタドタと船内へ引っ込んでしまった。
イツキは他の漁師と協力し、声を張り上げ撤収作業に勤しんだ。
が、イツキがふと海洋へ目をやると、どうしてかあの白黒の群れが船のすぐ近くまで迫っていた。
船は唸りを上げて全速前進しているのに、クジラは悠々と船を取り囲む。
不意に潮吹きの音がいくつも聞こえ、白い尾ビレがゆっくり沈むのが見えた。
真っ白な巨体が垂直に、船の真下へ潜っていく。
この世の終わりの張りつめた空気の中、その場にいた全員がただ海面を見つめていた。
次の瞬間、船体が揺れて甲板が大きく傾く。
下から突き上がる圧倒的重量に船体が悲鳴を上げ、他の漁師がぼたぼたと海へ投げ出される中、イツキは船縁にしがみつきソレを見上げた。
真っ白い大きなザトウクジラだった。
海面からそそり立つ巨体がこちらへ傾いてくる。
奴は船を見据え、こちらを押しつぶさんとしていた。
イツキは咄嗟に甲板を蹴飛ばし、船から離れようと試みた。
彼が着水する間際、木材と鋼が軋む音が辺りに響き渡る。
そして漁師たちの悲鳴を全て塗りつぶす様に、あの白い巨体が海面へ叩きつけられた。
クジラが沈むのに合わせて海水が渦を巻き、イツキは海へ引き込まれる。
息もできず、見渡すばかりの碧い海で、イツキは船だった瓦礫と共に沈んでいった。
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