第75話 聖女様と温かい声

 教室の教壇の簡易ステージの上で、俺はまたセリフを噛んだ。


「くっ……!」


 周りのクラスメイトたちは気を遣ってか笑いはしなかったけど、微妙な空気が流れているのが分かる。

 

 このシーンは劇のクライマックス。主人公である騎士が敵を倒し、ヒロインを守る場面だ。

 俺の「見せ場」でもあり、劇全体の盛り上がりを左右する重要なシーン。


 ……しかしそれが何度練習しても上手くいかない。


「益山くん、大丈夫?」


 隣でヒロイン役の水沢さんが心配そうに声をかけてくる。

 しかしなんだかその温かい優しさが逆に胸に突き刺さった。


「……大丈夫。もう一回やる」


 自分でそう言いながらも、俺は内心では自信を失いかけていた。


 俺なんかで、このシーン、本当に最後までできるのか……。



 


 ******



 


「渚くん、ちょっと休憩しない?」


 篠崎さんが教壇の下から声をかけてきた。

 

 劇全体の進行をまとめている篠崎さんは、常に明るく、クラス全員を引っ張る存在だ。

 そんな彼女が俺を気遣うように声をかけてくれるのが嬉しい……と感じるはずなのだが、今はミスを繰り返している現状もあってさらに申し訳ない。


「いや……もう少し練習する」


 意地になる俺に篠崎さんは無理に止める訳でもなくて、


「……そっか。でも、声がちょっと硬い感じかな?気持ちを込めて、でも気分は楽にしてみたらもっと良くなると思うよ!」


「……気持ち、でも気分は楽にか……」


 簡単そうに聞こえるけど、実際は難しい。

 どうしてもセリフに感情が乗らないし、剣を構える仕草もぎこちなくて様にならない。


 篠崎さんが、


 「あとで全体を通しで練習するときにもう一回見てみるね!」


 と言って戻っていく。

 俺は彼女の明るさに救われながらも、その一方で焦りを隠せなかった。




 ******


 


 練習が続いても、俺は失敗を繰り返した。

 

 今回は敵役とのタイミングが合わず、剣を振りかぶる場面でリハーサルが止まってしまう。


「くっ……ごめんなさいっ……もう一回!」

 

 そう俺が言うとみんなもう一度やり直すためにつべこべ言わずに配置につき直してくれるが、周りの空気が少しずつ重くなっていくのを感じた。

 

 視線が痛い。俺がクラスの期待を裏切っている気がしてならない。


「俺なんかで、このシーン、本当にできるのか……」


 思わずそう呟くと、水沢さんがそっと近づいてきた。


「──益山くん」


「な、なにだ」


 いきなり声をかけられてびっくりしたものだから訳分からない返事の仕方になってしまった。

 しかし彼女の声はとても穏やかだった。


「何度失敗しても、諦めない益山くん、私はとてもカッコいいって思うよ」


「……カッコいい?」


 その言葉に驚いて彼女を見つめると、水沢さんはまっすぐに俺を見返していた。


「うん。すごく大事なシーンだから、緊張するのは当たり前だし、失敗するのも仕方ないと思う。でも、益山くんは何度も挑戦してる。それってすごく素敵だと思うよ」


 彼女の瞳は真剣で、嘘偽りがないことが伝わってきた。


「私もまだ全然下手だけど、益山くんが頑張ってるから、私も頑張ろうって思えるんだ」


「……水沢さん……」


 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。

 彼女の言葉が、俺の心の中にあった暗い気持ちを少しずつ溶かしていく。




 ******



 俺は大きく息を吸い込んだ。

 

「──もう一回、やらして下さいっ!!!」


 俺は大きな声で周りに宣言した。むしろ叫んだ。


「おお、どうした益山!?」


「……っ!びっくりしたぁ」


 そんな訳分からない言動をした俺を見た反応と言えば、いきなりの大声にびっくりするか、その言動を疑問に思うかだった。

 しかし少し経つとなんだか今まで重苦しく感じていた周りの雰囲気がそうでもなくなってきて、軽くなったような気がする。


「おっ、渚くんやる気だね!」


 篠崎さんが嬉しそうに声を上げる。

 そしてクラスメイトたちも「よし、やろう!」と応じてくれた。


 水沢さんが隣で微笑みながら小さく頷いてくれるのを見て、俺は思わず剣を強く握りしめた。


 練習が再開される。

 敵役のクラスメイトが迫り、俺は剣を構える。


「これ以上、姫に手を出させるわけにはいかない!」


 声が少し大きくなった気がする。さっきの発声のおかげだろうか。動きもさっきより自然になった。

 剣を振り、敵を退ける動作をなんとかこなす。


「益山くん、いい感じ!」


 水沢さんが喜んでいるのが分かる。

 俺はその笑顔に背中を押されるように、さらに動きを続けた。


 練習が終わると、周りから拍手が起きた。


「益山、さっきより良かったよ!」

「いいじゃん!もう少しだね!」


 みんなの言葉が、少しずつ自信を取り戻させてくれる。


 ……俺、まだ頑張れるかもしれない。


 水沢さんが俺を信じてくれている。それが今の俺の原動力だった。

 何度失敗しても、最後まで諦めずにやり抜く。

 この劇を成功させるために、俺はもっと努力しようと心に決めた。


 やはり俺を救ってくれるのは温かい友達だった。

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