第74話 聖女様と試着

 教室がいつもとは違ったざわめきに包まれていた。


 今日は文化祭で使う衣装の試着の日。衣装班の人たちが前日から用意してくれた衣装がずらりと並んでいる。


「おー、これが主人公の鎧か!」


 篠崎さんが手に取ったのは、銀色の輝きを放つ鎧風の衣装。

 文化祭の劇だから、もちろん本物の鎧なんかじゃない。

 だけど、軽い素材で作られてはいるが雰囲気は抜群だ。衣装班のこだわりがとても感じられる。


「益山くん、ほら、これ着てみて!」


「えっ、俺が?」


「……いやいや当たり前じゃん!主人公なんだからさ!」


「そ、そうだよな……」


 篠崎さんがそう言うと、周りのクラスメイトたちも興味津々の目を向けてくる。


「ほらほら、早く着てみてよー!」

「そうそう、主人公のオーラ見せてくれ!」


「……分かったよ」


 なんだ主人公のオーラとは。

 ため息をつきながら衣装を受け取る。

 俺にこの衣装が似合うのか……?とか思いながら、俺は教室の隅にあるパーテーションの裏へ向かった。




 ******


 

 

 特に鏡とかもないので自分がどんな感じなのか分からない。意を決してみんなの前に出る。


「「「おおお?」」」


 みんなの視線が集まる。

 そして沈黙。やめてくれ沈黙だけは。似合わないなら似合わないと言ってくれぇ……。


 と、そんなことを思っていたが、クラスメイトの誰か一人が呟いた。


「お、益山くん結構いい感じじゃない?」


 ……そ、そうなのか?いい感じなのか?

 

 すると1人の女子が手鏡を取り出して、


「これ使って見てみて」


 と俺の方に向けてくれた。

 そして俺は少し離れたその手鏡を覗き込み、自分の全身を確認する。

 軽い素材だけど、光沢のある銀色と肩当てや胸当てのデザインがしっかりしていて、まるで本物の騎士のようだ。

 みんながそんな俺を見て褒めてくれる。


「やっぱりなんかかっこいい!」

「なんか騎士っぽい!」


 みんなが口々に感想を言い合う中、篠崎さんが一歩前に出て、手を叩いた。


「渚くん、すごい似合ってるよ!ほらほら、ポーズ取ってみて!」


「……ん?ポーズ?」


「剣持ってる風とか、構える感じで!せっかくだからさ!」

 

 なんでそんなことしなきゃいけないんだ……と思いつつも、周りの期待の目に逆らえず、なんとなく手を握りしめて剣を持つふりをしてみる。


「いいねいいね!その感じ!」


 篠崎さんが笑顔で褒めてくれるけど、俺はどうにも居心地が悪かった。


「……でも、やっぱり似合ってないよなぁ、俺」


 ポツリと自嘲気味にほとんど誰にも聞こえないような声で呟いたその時だった。


「──そんなことないよ。益山くん、すごく似合ってると思う」


「えっ」


 ふと振り返ると、水沢さんが穏やかな笑顔を浮かべて、俺を見つめていた。


「えっ、そうかな……?」


「うん。衣装も素敵だし、益山くん自身がすごく凛々しく見えるよ」


「あ、ありがとう……」


 その言葉に、顔が熱くなるのを感じた。

 そして篠崎さんが「羽音ちゃんの言う通りだよ!」という意思を表示すべく手を叩いて賛同する。


「そうだよ!水沢さんの言う通り、益山くんめっちゃ似合ってる!」


「いや、でも……」


「ほら、せっかくだから写真撮ろう!」


「えっ、写真!?」


 篠崎さんがスマホを取り出し、俺の方に向けてくる。


「記念だからさ!水沢さんも一緒に写ろうよ!」


「えっ、私も?」


「もちろん!だって主人公とヒロインだもん!」


「た、たしかに。そうだよね、分かった」


 水沢さんが少し戸惑いながらも篠崎さんに促され、俺の隣に立った。

 二人で並ぶと、教室中から「おー、いい感じ!」という声が上がる。


 ……なんだこれ。


 慣れないみんなからの視線にドキドキしながらも、気づけば俺の顔には自然と笑みが浮かんでいた。


 ──案外みんなの前に出てってのも悪くない……かもな。




 ******

 



 試着が終わり、教室のざわめきが少し落ち着いてきた。

 衣装を脱いで戻る途中、ふと自分の胸に手を当ててみる。


 水沢さんに似合ってるって言われると……なんだか嬉しくて、胸が温かくなったな。


 練習で何度も失敗して、自信がどん底まで落ち込んでいたけど、水沢さんの言葉には不思議な力があった。


 ──俺、もう少し頑張れるかもしれない。


 軽い鎧を胸に抱えながら、少しだけ背筋を伸ばして歩く自分がいた。

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