第71話 聖女様と初めての読み合わせ
文化祭の劇「王国の姫と騎士の物語」の台本がクラス全員に配られた。
教室の後方で、脚本を書いた数人のクラスメイトが簡単なあらすじを説明してくれる。
「私書いてきました!」
そう元気よく宣言したのは文芸部のメガネがとってもよく似合っているThe文芸部って感じの
なんだか彼女のやりたいことが出来ているのか彼女はいつもよりノリノリな感じがした。
そんな寺島さんにつられて、劇の内容に今から耳を傾けよう、というクラスメイトの面々も真剣な表情になっている。
「それじゃあ内容を説明するね!」
──物語の舞台はある架空の王国。
戦乱の中、王国の姫が敵国にさらわれる。
それを救い出そうとするのが、王国に仕える一人の若き騎士。
最初は自信のない騎士だったが、姫との出会いを通じて成長し、最終的に姫を救い出すといういかにも王道な英雄譚だ。
そして劇中にはコミカルな場面もありつつ、友情や勇気、愛といったテーマが描かれている。
「最後に姫と騎士が再会するシーンは感動モノだから、みんな楽しみにしてて!」
脚本担当の寺島さんが熱っぽく語る。
「……騎士が俺で、姫が水沢さんか……」
台本をパラパラとめくりながら、俺は小さくため息をつく。
その台本には既に配役が書かれており、しっかりと『騎士・益山渚』と書かれている。
まだ自分が主人公役だという実感がなかなかわかない。
クラスメイトたちは役に期待してくれているみたいだけど、俺がこの劇をちゃんと演じられるとは思えない。
しかも最後に感動シーンって、プレッシャーしかないよなぁ……。
俺は一人そんな不安を抱えながらも、何事もないように文化祭の準備が進む。
役がある班、と主に制作物の作成を担う裏方班に別れてじゅんびがはじまった。
篠崎さんの元気な声が響く。
「じゃあ、早速みんなで読み合わせやってみよう! まずは台詞に慣れることが大事だからね!」
文化祭のリーダーに選ばれた篠崎さんは、クラスメイトをまとめるのがやはり本当に上手だ。
彼女の明るさに引っ張られるように、全員が台本を開いて席についた。
最初に話が進むのは、姫と騎士が初めて出会うシーン。
「騎士が姫に忠誠を誓う……ね」
小さく台詞をつぶやいてみるが、自分でもぎこちないのが分かる。
そうこうしてるうちに俺の番が来て、意を決して声を出す。
「……姫君、どうか私に……あ、あなたをお守りさせてください……」
教室に妙な静けさが訪れ、次の瞬間、数人が思わずクスクスと笑った。
「益山くん、緊張してる? 声震えてたよ!」
「台詞がロボットみたいだったな~」
悪気はないのが分かるけど、周りの反応が俺の心に刺さる。
──俺、やっぱり無理だ……こんなの水沢さんに迷惑をかけるだけだろ……。
思わずそうネガティブに考えてしまう。
──が、しかし。台詞を読むのがぎこちなかったのは俺だけじゃなかったらしい。
水沢さんの番が来たとき、彼女も少し声が小さくなり、台詞がところどころつっかえていた。
「……どなたですか? あなたは私を助けに来てくれたのでしょうか……」
彼女の声が途切れると、周りからまた少し笑いが漏れる。
けれど、誰も批判的な雰囲気ではなく、なんとなく温かい空気が流れた。
「……私もまだ下手だから、一緒に頑張ろうね」
台詞を終えた水沢さんが、俺に向かって優しく微笑む。
「……ああ、そうだな」
思わず返事をする声が少し上擦った。
と同時に、俺は自分の情けなさに少し嫌気がさしていた。
水沢さんがこんなに真剣に頑張ろうとしてるのに、俺だけ弱音吐いてる場合じゃないよな……。
水沢さんの俺に向けた笑顔が、妙に俺の胸の中に響いた。
水沢さんは、周りの期待に応えようと一生懸命だ。
俺がぐだぐだしてたら、彼女だって不安になるに違いない。
俺がしっかりしなきゃな……自分のためだけじゃなくって一緒に役をやってくれる水沢さんのためにも。
少しでも前に進むために、俺は気持ちを切り替えた。
******
読み合わせが終わると、篠崎さんが満足げに手を叩いて言った。
「みんな、初めてにしてはいい感じじゃない? 台詞とか動きとか、これから練習していけば絶対に良くなると思う!それじゃあ解散!」
彼女のポジティブな一言に、教室の空気がさらに和やかになる。
そして、篠崎さんの言葉で一旦解散となりクラスメイトは散り散りにちっていく。
そして俺と水沢さんのところに彼女がやってきた。
「渚くん、緊張してたでしょ? でもね、意外と台詞覚えるの早そうだし、水沢さんとペアで練習したらすぐ良くなると思うよ!」
「……そ、そうかな?」
篠崎さんはニコニコと笑いながら頷いてくれる。
「羽音ちゃんも、渚くんと一緒なら心強いよね?」
「う、うん。……益山くんが主人公だから、私も頑張ろうって思えるよ」
突然名前を出されて恥ずかしかったのか、水沢さんが少しだけ頬を赤くして答えた。
そしてそんな水沢さんの言葉を聞いてやはり俺は頑張らなきゃ、と決意を改めるのだった。
教室を後にしながら、俺は台本をしっかり握りしめた。
俺の演技はまだ全然ダメだけど、練習して少しでも良くなる方法を探そう。
水沢さんが俺と一緒に頑張ろうとしてくれているのであれば、俺もやるしかないよな……。
自分の苦手なことだけど頑張ってみよう。
そう思えた、その事が俺にとってはとても大きな一歩だった。
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