第69話 聖女様と主人公

 文化祭の話し合いが進み、次は配役決め。

 

 俺のクラスでは劇のテーマが「王国の姫と騎士の物語」に決まったこともあって、当然主人公やヒロインをどうするかが注目の的だった。


「じゃあ、今日は主要キャストを決めよう!」


 篠崎さんが手を叩いて仕切る。

 クラスの中心的存在で、いつも明るい篠崎さんに引っ張られる形で、クラスメイトたちもやる気満々だ。


「まずはヒロイン役だね。これは絶対に姫の雰囲気に合う人じゃないと!」


 彼女がホワイトボードに「お姫様」と書き込みながら話を進めると、クラスの視線が教室内を巡り始めた。

 当然、さすがに俺はヒロイン役に関しては関係ないと思い、適当に窓の外を眺めていた。

 俺がお姫様役をやる、となったらさすがに劇が崩壊しかねない。


「──水沢さんとかどう?」


 教室の中心から声が上がる。

 その名前に、俺も自然と水沢さんの方を見てしまった。


 水沢さんは、クラスの中ではどちらかというと控えめで大人しいイメージがある。

 俺達の前ではかなり素を見せてくれているので忘れているが、その美しい佇まいや落ち着いた雰囲気は、やはりどこか人を引きつけるものがあった。

 

 ──なんだか夏休みの、厨二病カードゲーマー水沢を思い出してしまった。あの記憶はお墓まで持っていくか……。


 そして、そんな水沢さんを後押しする声に続くように、他のクラスメイトたちからも賛同の声が上がる。


「確かに! 水沢さんなら雰囲気ぴったりだよね」

 

「そうそう、姫役やるなら水沢さん以外いないでしょ!」


 水沢さんは突然自分の名前が挙がったことに驚いたのか、目を丸くしていた。


「え、私……?」


 彼女の戸惑った声が教室中に響く。

 水沢さんは両手を胸の前で軽く組み、困ったように俯いている。


「そんな……私なんてヒロインなんて無理だよ」


 彼女が控えめにそう言うと、篠崎さんがすかさずフォローに入った。


「そんなことないって! 羽音ちゃん絶対似合うと思うよ! それに、みんなの推薦なんだから自信持ちなよ!」


 篠崎さんが明るく励ますと、他のクラスメイトたちもそれに続く。


「大丈夫だよ、羽音!」

 

「水沢さんならできるよ!」


 水沢さんは視線を泳がせながら、必死に考えているようだった。


(確かに、雰囲気はぴったりだな……)


 確かに水沢さんがヒロイン役をやるとなれば華がある。

 俺は心の中でそう思ったものの、彼女が無理をしているようなら止めた方がいいとも感じていた。


 だけど、次彼女がふっと顔を上げたその瞬間──その目には決意の光が宿っていた。


「……みんながそう言ってくれるなら、挑戦してみようかな」


 その言葉に教室中が歓声に包まれる。


「おお!じゃあ決まりだね! ヒロイン役は水沢羽音さんで決定!拍手!」

 

 教室全体から大きな拍手が起こった。


 そしてヒロイン役が水沢さんに決まり、教室はさらに盛り上がっていた。

 その柔らかくも真剣な「挑戦してみよう」という言葉に、みんなが納得したのだろう。


「じゃあ次は主人公役だね!」


 篠崎がホワイトボードに「主人公」と書き込み、話題を切り替える。


 主人公──ヒロインを守る騎士役という重要なポジション。

 誰がやるかで教室は少しざわついていた。


「誰がいいかな?」

 

「カッコいい人がいいよね!」

 

「いや、声がしっかりしてる人じゃないと!」


「イケボだな!イケボ!」


 クラスメイトたちが次々と意見を出し合う。


 俺はというと、窓の方を見ながら小さくため息をついていた。


(主人公か……まぁ俺には関係ない話だな。どうせ目立つ役だし、俺みたいなのは裏方で十分だ)


 そう思っていると、いきなり前方から篠崎さんの声が飛んできた。


「──ねえ、渚くんはどう?」


 その一言に、教室が一瞬静まり返る。


「えっ、俺?」


 突然名前を挙げられて、思わず声が裏返った。


「確かに、渚くんいいかも!」

 

「最近、水沢さんとも仲がいいし、息も合いそうじゃない?」


 クラスメイトたちが次々に俺を推し始める。


(なんで俺なんだ……!)


 俺は慌てて否定しようとした。


「いやいや、俺なんか無理だって! 主役なんて目立つ役、他にもっと向いてる人が──」


 この流れは何としても阻止せねば。

 俺がどうやったらここで回避できるかそれだけを考え頭をフル回転させながら言葉を紡いだが、その言葉が終わる前に、水沢さんがぽつりと口を開いた。


「……益山くんが主人公なら、私も頑張れる気がする」


 彼女の声は控えめだったが、その一言は教室全体にしっかりと響いた。


「──水沢さんがそう言うなら決まりだね!」

 

「益山くん、よろしく頼むよ!」


「益山!期待してるぜ!」


 篠崎がニヤリと笑いながら、ホワイトボードに俺の名前を書き加えた。


 俺は呆然としたまま、教室中の期待を背負った視線にさらされていた。


 ──なんでこうなった……?



 


 ******



 

 主人公役なんて絶対無理だと思ってた。

 でも、水沢さんのあの一言を聞いたら、断る理由なんて見つからなかった。


『益山くんと一緒なら私がんばれる気がする』


 そういった内容の彼女の言葉が俺の頭の中で何度も再生される。


「やるしかないか……」


 胸の中で小さく覚悟を決めた俺は、周囲の期待に押されながら主人公役を引き受けることにした。


 こうして、文化祭の劇はヒロイン役・水沢羽音、主人公、騎士役・益山渚というペアで始動することになった。


 

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