第七章 文化祭
第68話 文化祭、何しよっか!
文化祭が近づくにつれ、2年生の各クラスは次々と出し物を決めていく時期に入った。
俺のクラスも、今日のホームルームで何をやるか話し合う予定だ。
2年生は学校の文化祭のメインを担うことが恒例になっている。
特に劇をやるのが伝統みたいで、去年の先輩たちも力を入れていたと聞く。
……だからこそ俺、益山渚にとっては少し気が重い。
「文化祭の話し合い、進めるよー!」
教室の前に立ったのは、文化祭のリーダーを務めることになった篠崎有美だ。
つい最近このクラスにやってきたのにも関わらず、文化祭の企画決定リーダー(ここでは企画決めまでを主に担う)に立候補した。
それだけでもすごいのに、去年までの文化祭を知らないはずの彼女が立候補してもクラスのみんなは『篠崎さんならいいね』となってしまうのが彼女の不思議な力であった。
篠崎さんは明るくて積極的な性格だから、こういう役にぴったりだ。クラスのみんなも彼女のリーダーシップを自然と受け入れている。
「みんな、何やりたいか意見出してね! せっかくだし、楽しい文化祭にしようよ!」
篠崎さんが声を張り上げると、教室中から意見が飛び交い始めた。
「劇がいいんじゃない?」
「確かに。去年の2年生も劇をやってたし、王道で行こうよ!」
「劇なら衣装もセットも作りやすそうだしね!」
篠崎さんはホワイトボードに「劇」という文字を大きく書き込み、みんなの意見をまとめていく。
──しかし、俺はというと、窓際の席でぼんやりとその様子を眺めていた。
(やっぱり劇になるか……)
劇自体に反対するつもりはない。けれど、目立つ役をやるのはごめんだ。
昔から俺は、こういう行事の中心に立つのが苦手だった。
例えば、小学校の学芸会。主役をやったけど台詞を全部忘れてしまい、クラスメイトにフォローされて大恥をかいた。
中学の体育祭では、応援リーダーに選ばれたけど、声を出すのが恥ずかしくて結局別のやつに代わってもらった。
期待はされるがその期待に応えられていない。周りの目線に晒されるとダメになってしまう。
そういう経験があるから、こういうイベントでは目立たず、裏方で働くくらいがちょうどいいと、そう思っている。
「じゃあ劇で決まりかな? 内容はどうしよっか?」
劇をやる、ということは決まり篠崎さんがクラスに問いかけると、またいくつもの意見が飛び交った。
「オリジナルにしようよ!」
「そうだね、既存のものを真似るより、自分たちの色を出したほうが楽しいかも」
「テーマはどうする?」
そして、みんなテーマを周りの人と考える時間になった。
一瞬静かになった教室の中で、誰かが口を開いた。
「例えば……『王国の姫と騎士の物語』とかどう?」
その提案に、教室がざわつき始める。
「いいね、それ! 王道だけど、みんなが盛り上がれる感じ」
「衣装も豪華にできそうだし、姫様とか騎士とか役の設定も楽しそう!」
「なんか中世の感じとかかっこよさそうだよな〜、痺れるぜぇ〜」
篠崎は「王国の姫と騎士の物語」というテーマをホワイトボードに書き込むと、「これでいけそうかな?」とクラスに問いかけた。
「賛成の人ー!」
篠崎さんの声に、クラスの大半が手を挙げる。俺も一応、手を挙げておいた。
「じゃあ、テーマは『王国の姫と騎士の物語』で仮決定ね!」
篠崎さんがホワイトボードに『仮決定!』と大きな文字で書き、笑顔でまとめると、教室中に拍手が広がった。
(まぁ、劇にはなっちゃったけど裏方とか希望するし、裏方ならなんとかなるだろう)
俺は心の中でそう思いながら、クラスのみんなの熱気に少しだけついていけていない自分を感じていた。
ホームルーム終了後、篠崎さんがクラスの数人と次の話し合いについて相談しているのが聞こえた。
「配役とか、次回の話し合いで決めたいね」
「ヒロインはみんなで推薦とかにする?」
「主人公はやっぱりカッコいい感じの人がいいよね!」
そんな声が聞こえるたびに、俺の胸の中に妙な不安が広がっていく。
(どうせ俺には関係ない話だ……そうだよな)
一方で、水沢さんの姿が視界の端に映る。
彼女は、篠崎と一緒に談笑しながら、今日の話し合いについて盛り上がっているようだった。
彼女の笑顔を見ていると、不思議と「これならなんとかなりそうだ」と思えてくるのが、自分でも不思議だった。
こうして、うちのクラス2年2組では文化祭で劇をやることが決まった。
俺は、目立つことを避けながら、無難に裏方で過ごせるだろうと思っていた。
──だけど、このときの俺はまだ知らなかった。
次回の話し合いの配役決めが、俺にとって予想もしなかった方向へ進むことを……。
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