第66話 聖女様とプレゼント交換
夕焼けに染まる道を、俺は水沢さんと二人で歩いていた。
俺が「家まで送る」と言い出したとき、水沢さんは少し驚いた顔をしていたけれど、特に何も言わず頷いてくれた。
そして何度かプレゼントを渡し損ねて今に至る。
そして俺たちは、いつもよりもゆっくりとした足取りで歩いている。
改めてポケットの中に手を入れてみる。
手の中には、昨日選んだプレゼント。
水沢さんに似合うと思って選んだシンプルなブレスレットだ。
──今しかないだろ。
さっきから何度もそう自分に言い聞かせている。
……けれど、いざプレゼントを渡そうと思うと、どうしても言葉が出てこない。
「……益山くん?」
さっきからそんな様子の俺が気になったのか水沢さんが小首をかしげて俺を見上げる。
──益山渚、覚悟を決めるしかねぇ、男だろ?
そう自分に無理やり言い聞かせて、無理やり口を開いた。
「……水沢さん、ちょっといい?」
心臓はバクバクだ。
声をかけると、水沢さんは「うん」と静かに頷いた。その仕草に、俺は更に胸が高鳴るのを感じた。
──今しかない……!
「えっと……これ……」
俺はポケットから、ゆっくりと震える手をどうにかさせながら小さな袋を取り出し、水沢さんに手渡した。
「……誕生日おめでとう」
そんなふうに消え入りそうな声で、水沢さんと目も合わせられるはずもなく、俺は彼女にプレゼントを手渡した。
そして、おめでとうの言葉は自分でも思った以上に低い声が出た。
「え……」
水沢さんは袋を見つめたまま驚いた顔をしている。
「えっと……誕生日近いって分かったから、サプライズで渡したくてさ。気に入らなかったらごめん」
袋を受け取った水沢さんは、震えるような手で中身を確認する。
小さなブレスレットを取り出したその瞬間、目を丸くして固まった。
「これ……私に?」
「えっと、うん。水沢さんに似合うと思って選んだんだ」
水沢さんはブレスレットを手のひらに乗せてじっと見つめている。
「すごく綺麗……」
手元のプレゼントを見つめながらそれに見とれてる水沢さん。そんな彼女の様子を見ると満足感が込み上げてくる。
「そんな喜んでくれて俺も嬉しい……」
「ありがとう……益山くん。本当に嬉しい」
水沢さんはなんだか今にでも泣きそうな顔で顔を上げて、俺にまっすぐ微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、渡してよかったと心の底から思った。
「……じゃあ次、私も渡していい?」
そう言うと、水沢さんは自分のバッグから小さな袋を取り出した。
「……え?」
思わず声が出た。
私も……?
「これ……誕生日おめでとう」
プレゼントをやっと渡せて気が抜けてしまっていた俺は言われるがまま袋を受け取り、少し驚いた顔をしてしまったかもしれない。
「……え、俺に?」
「うん……益山くんの誕生日も近いし、サプライズで渡そうと思って……」
袋を開けてみると、中にはシンプルなデザインの腕時計が入っていた。
「これ……」
「どうかな……? 益山くん、時計とか好きかなって思って……でも、趣味じゃなかったらごめんね」
水沢さんは不安そうに俺を見つめている。
そんな彼女の表情を見て、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「いや……ありがとう。本当に嬉しいよ」
時計を手に取り、じっくりと眺める。
水沢さんがこれを選ぶとき、俺のことを考えてくれたんだと思うと、何とも言えない気持ちになった。
とても幸せな、満たされているような。そんな気持ちだ。
「俺、これめちゃくちゃ気に入った。毎日使うよ。ありがとう」
そう言うと、水沢さんはホッとしたように微笑んだ。
「うん!ぜひ使ってね!」
──この瞬間をずっと覚えておきたい。
そんな風に思うくらい、今の空気は特別だった。
「……水沢さん、ブレスレット、つけてみる?」
「あ、うん、今つけてみるね」
俺が言うと、水沢さんは箱を開けてブレスレットを取りだした。
「つけてみてもいい?」
「ああ、せっかくだから。俺がつけてやるよ」
え?俺は何を言っているんだ。自分でもわけが分からない。頭も真っ白だ。
ええい……どうにでもなれ。
「え、えっ?」
水沢さんが戸惑うのが分かったけど、俺はもう覚悟を決めていた。
袋からブレスレットを取り出し、水沢さんに手を差し出す。
「ほら、手首貸して」
「……う、うん」
水沢さんは顔を赤くしながら、そっと手首を差し出してきた。
その手が少し震えているのが分かる。そして触ったらなんだか温かかった。
そこから水沢さんも緊張しているのが伝わってくる。
──しかし緊張してるのは、俺も同じだ。
俺は慎重にブレスレットを水沢さんの手首に巻き、留め具をカチリと留めた。
「よし……こんな感じでいいかな」
「……すごく綺麗」
水沢さんが静かに呟く。その声がやけに耳に残った。
「似合ってるよ」
「えっ……ありがとう」
彼女の方を見ると、水沢さんは顔を真っ赤にしながら、微笑んだ。
その笑顔を見て、俺は自分の鼓動がさらに早くなるのを感じた。眩しすぎる。
──この時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思いながら、俺たちはまたゆっくりと歩き出す。
夕焼けに染まる道、並んで歩く俺たちの影が寄り添うように伸びていくのを、俺は静かに見つめていた。
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