第65話 聖女様と次こそは

 放課後、公園でのお喋りが終わり、俺たちはベンチから立ち上がった。と並んで歩く。

 平和な空気の中、俺は頭の中で何度も言葉を繰り返していた。


 ──今日、渡さなかったら次はいつになる?

 ──俺、いつ渡すんだ?


 俺のポケットの中には、昨日選んだ羽音への誕生日プレゼントが入った小さな袋が入っている。

 一緒に買い物をしてくれた姉ちゃんには「タイミングが大事」と言われたけど、そのタイミングってなんだよ……。


 水沢さんが並んで俺の隣で楽しそうに話す。

 けど、正直今、俺は彼女の言葉の内容がほとんど耳に入ってこない。

 

「──ねえ、益山くん?」


「え、あ、うん、そうだな」


 とりあえず適当に返事をしたけど、それで会話が続くわけもなく、水沢さんがきょとんとした顔でこちらを見る。


「何の話だったか覚えてる?」


「……ごめん、ちょっと考え事してた」


「か、考え事?」


 水沢さんが小首を傾げる。その動作が可愛くて、ますます気まずくなる。

 この時俺は緊張やらなんやらで頭がバグっていた。

 ええい、こうなったら、思い切って言ってしまえ。


「水沢さん今日は家まで送るよ」


「えっ?」


 驚いたように目を見開く水沢さん。今までそんなことしたこと無かったのでびっくりしたご様子。

 俺も少し動揺しながら付け加えた。


「あ、いや、なんか夕方だし、送った方が安心かなって思ってさ」


 こんなありきたりな言い訳しか思いつかなかったけど、水沢さんは「あ、うん……ありがとう」と少し照れたように頷いてくれた。


 ──よし、これでプレゼントを渡すタイミングを作るぞ。


 自分にそう言い聞かせながら、俺たちは公園を出た。



 


 ******



 

 公園を出ると、すっかり空はオレンジ色に染まっていた。

 夕焼けが公園の遊具たちを照らしていて、なんだか映画のワンシーンみたい。

 私は、隣を歩く益山くんをちらりと見る。


「──家まで送るよ」


 その言葉が頭から離れない。

 益山くんにそんなことを言われるのは初めてだったから、正直すごく驚いたし、心臓がドキドキして仕方ない。


 ──なんでだろう。こんな風に一緒に歩くの、すごく特別な感じがする。


 益山くんは歩きながら、時々何か言おうとしてるみたいだけど、結局口を閉じてしまう。

 

 ──しかしそれは私も同じ。

 プレゼントを渡したいと思っているのに、どう切り出せばいいかわからなくて、ただポケットの中で、手の中にある袋を握りしめているだけ。

 さっきからずっとドキドキしっぱなしだ。


「今日は夕焼け、すごくきれいだね」


 結局、そういう普通のことしか言えない。


「そうだな。……水沢さんって、こういう景色好きそうだよな」


「えっ? どうして?」


「なんか、その……水沢さんらしいっていうか、穏やかな感じがするから」


「……そうかな」


 そう言われて、ますます胸が高鳴る。

 夕焼けの中を歩く二人、静かな時間。こんな瞬間、他にないくらい幸せだと思う。


 でも、プレゼントを渡さなきゃ。

 私は一歩踏み出す勇気を出そうとしたけれど、ちょうどそのとき、益山くんがポケットに手を入れて何かを取り出そうとしているのに気づいた。


「……あのさ、水沢さん……」


「な、何?」


 どうしよう。もしかして、この雰囲気は……。

 益山くんは私に向き合うとあからさまにポケットに手を突っ込んで何かを取り出そうとする動作をした。


 ……もしかして益山くんも私にプレゼントを渡してくれるの?

 推測だがそんなことを思った。私も渡さなきゃ……。

 

 なんかそーやってあせって、頭の中がぐるぐるして、言葉がうまく出てこない。


「いや……何でもない」


 ──益山くん、途中でやめちゃった。


「何か言おうとしてたよね?」


 そう聞いてみると、益山くんは「いや、気にしないで」と照れくさそうに笑うだけだった。

 もしかして、私と同じようにプレゼントを渡すタイミングを探してるのかな……?

 私もさっきからプレゼントは渡せずじまいだ。公園で座ってる時も幾度なく渡そうと試みたがなんて言えばいいのか、分からなさすぎて結局やめてしまっていた。


 でも益山くんも私にプレゼントを渡そうとして、結局渡せてないのか。

 それは真実かは分からないけどそれを考えたら、なんだか少し嬉しくなった。





 ******



 


 渡そうと思ってたのに、結局またタイミングを逃した。

 水沢さんの笑顔を見た瞬間、緊張で手が止まってしまったんだ。


 ──こんなんじゃダメだろ。


 プレゼントを選んだとき、姉ちゃんが言ってた「気持ちをちゃんと伝えること」が頭に浮かぶ。

 水沢さんが喜んでくれるかどうか、それを考えすぎて怖気づいてる自分が情けない。


 でも、今渡さなかったらまた次のチャンスを待つことになる。


「……水沢さん」


「うん?」


 振り向く羽音の顔に、夕陽が差し込んでいる。

 そんな彼女を見たら、なんだか不思議と落ち着いた気持ちになった。


「いや……なんでもない」


 結局、また同じ言葉を繰り返す俺。


「あ、そ、そう?」


 なんだか分からないけど気持ち水沢さんも動揺してる。まぁ二度なんでもないとか言われたら気になるだろう。

 でもそれ以上追求はしてこなかった。

 

 次は絶対渡す。心の中でそう決意して、水沢さんの家に向かって歩き出した。





 ******



 

 

 どうしてこんなにドキドキするんだろう。


 ──渡さなきゃ。


 私は心の中でそう繰り返す。

 ……けど、どうしても言葉にできない。

 益山くんと一緒にいるのが心地よくて、それでつい甘えてしまうのかもしれない。


「……水沢さん」


 また益山くんが私の名前を呼ぶ。

 振り向くと、彼は少し真剣な顔をしていて、何かを言おうとしているみたい。


「何?」


 でも、彼は「いや……」と言って、また歩き始める。


「……何でもないってばっかり言うの、ずるいよ。何があるの?」


 思わずそう言うと、益山くんはびっくりした顔をして、次に少しだけ笑った。


「ごめん。次こそはちゃんと言うよ」


 その言葉に、私は少しだけ期待を込めて頷いた。


 こんなこと言ってるけど行ったことそのまんまそっくり私に向けてでもある。

 私も勇気を出さなきゃ。


 私たちが夕焼けの中を歩く影は、二つ並んで同じ方向に向かって伸びていた。

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