第64話 聖女様とプレゼント選び

「今日はよろしくね、有美ちゃん」

 

 羽音ちゃんが、少し恥ずかしそうに笑いながら言う。

 今日は日曜日の昼下がり。

 私たちはショッピングモールの入口に立っていた。目的はもちろん、渚くんへの誕生日プレゼントを探すため。


「こちらこそ! 羽音ちゃんのセンス、私も見てみたいしね!」

 

 元気よく答えると、羽音ちゃんは「そんなのないよ」と控えめに笑う。

「……いやいや、羽音ちゃんのセンスなら絶対渚くんに似合うものを見つけられるはずだよ」


 そう言うと羽音ちゃんは照れたように笑う。


 ……何しろこの間渚くんからも同じ相談を受けたわけで、これで二人の誕生日作戦がどれだけ微笑ましいものになるのか、私としては期待しかない。


 さて、今日はどんな「羽音ちゃんらしさ」が見られるんだろう。楽しみで仕方がない。


「それで、渚くんには何をあげようと思ってるの?」

 

 私は自然な口調で尋ねる。


「うーん、やっぱり毎日使えるものがいいかなって……」

 

 羽音ちゃんが少し悩むように言う。


「いいね! 渚くんって時計とか小物にこだわってる感じするし、そういうのいいと思うよ」

 

 アドバイスしながら、私は羽音ちゃんの顔を観察する。

 話題が渚くんになるたびに、彼女の目がほんの少し輝くのが可愛くて仕方ない。


「それじゃあ時計とかどうかな?」


 そう私が提案すると羽音ちゃんは、


「確かに……いいかも」


 と呟いた。いちいちキラキラしてるなぁ。


「よし、それじゃあ時計売場に行ってみようか」

 

 そう提案すると、羽音ちゃんは「うん!」と素直に頷いた。


 時計売り場に到着すると、羽音ちゃんはガラスケースに並んだ時計を一つひとつ丁寧に見ていく。

 私はそんな彼女の後ろからこっそり観察する。


「どれがいいかな……」

 

 羽音ちゃんがつぶやく声は、まるで誰かに話しかけるような優しさが込められている。


「ねえ、有美ちゃん。渚くんってどんな時計が似合うと思う?」


 急に振り返られて、ちょっとドキッとした。

 この純粋さ! 本当に渚くん、もったいないくらい羽音ちゃんに大事にされてるんだからね。


「うーん、シンプルで使いやすいやつがいいんじゃない? 渚くんっていつも落ち着いた服装してるし、あんまり派手なのは似合わない気がする」


 そう答えると、羽音ちゃんは納得したように頷いた。


「たしかに……渚くん、そんな感じだよね」


「じゃあ、このへんとか?」

 

 私はシルバーのシンプルなデザインが並ぶ棚を指さした。


「……これ、いいかも」

 

 羽音ちゃんがそっと手を伸ばしたのは、細い黒いレザーベルトとシンプルな文字盤の腕時計。

 無駄のないデザインで、どんな服装にも合いそうだ。


「おお、羽音ちゃんいい目してるじゃん! 渚くん、絶対似合うよ、それ!」


「そう思う?」

 

 羽音ちゃんは少しだけ不安そうに聞いてくるけど、その表情はどこか嬉しそうでもある。


「うん、間違いないよ! だって羽音ちゃんが渚くんを思って選んだんでしょ? それなら絶対大丈夫!」


 私が力強く言うと、羽音ちゃんは少し照れながら笑った。


「……これにする!」


 その言葉を聞いた瞬間、私は心の中でガッツポーズを決めた。


 会計を済ませ、羽音ちゃんが小さな袋を大事そうに抱えて、満足気な表情を浮かべ店から出てくる。

 その様子があまりに可愛らしくて、私は思わず笑ってしまった。


「羽音ちゃん、ほんとに渚くんのこと大事に思ってるんだね~」


「えっ!? そ、そんなことないよ! ただ、喜んでくれたら嬉しいなって思うだけで……」


 私がいきなりそう言うと羽音ちゃんが慌てて否定するけど、その顔は赤く染まっていて、どう見ても嘘にしか聞こえない。


「いやいや、ここまで一生懸命考えて選んだんだから、充分大事にしてるでしょ。渚くん、羽音ちゃんに感謝しなきゃね~」


「も、もう、有美ちゃん!」


 怒るというより、照れている羽音ちゃんを見て、私はさらにニヤニヤが止まらない。


 そこから他の買い物もして、ご飯を食べてショッピングモールを出た帰り道、私は改めて今日の出来事を思い返す。

 羽音ちゃんの真剣な表情、渚くんのために一生懸命選んだプレゼント。

 それに、渚くんも同じように羽音ちゃんのために考えてたんだよね……。


『いや~、お互いにここまで全力でプレゼント選ぶなんて、ほんと可愛いなあ』


 心の中でそう呟きながら、私は羽音ちゃんを見た。

 彼女は袋をしっかりと握りしめ、どこか満足げな顔をしている。


「羽音ちゃん、今日はお疲れ様! ほんといい買い物だったね」


「うん、有美ちゃんのおかげだよ。ありがとう!」


その笑顔に、私の胸がほっこりする。


『渚くん、いいなあ……こんなに素敵な女の子が友達でいてくれるなんて』


 思わずそんな言葉が口から出そうになったけど、グッと飲み込んだ。

 さて、この二人がプレゼントを渡し合う日、私はどれだけニヤニヤを我慢できるだろうか。


 ──そんなことを考えながら、私たちはモールを後にした。

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