第63話 我が姉とショッピング!

 土曜日の昼下がり。

 俺は姉ちゃんと一緒に駅前のアクセサリーショップへ向かっていた。


「ねえ、なぎ。そんな緊張しなくていいじゃん。別にお見合いに行くわけじゃないんだからさ~」


 隣を歩く姉ちゃんが、楽しそうに俺をからかう。

 いや、全然緊張してないし。……って言いたいところだけど、実際、心臓はドキドキしてた。


「別に緊張してないけど」


 試しに言ってみた。


「ふーん? じゃあなんで歩き方がぎこちないの?」


 姉ちゃんのニヤついた顔を見て、思わず足を止めそうになった。

 え、ほんとに……?いや、でもそこまでじゃないなと自分でも思っていたので姉ちゃんが俺で遊んでいるだけだと気づく。


「いや、ぎこちなくないし! そもそも、なんで姉ちゃんについてきてもらう必要があるんだよ。自分で選べるし」


 そう言うと、姉ちゃんはわざとらしくため息をついた。


「はぁ……。はいはい、でもあんた、女の子にあげるアクセサリーなんて選んだことないでしょ? せっかく可愛い姉ちゃんがついてきてあげるんだから、素直に感謝しなさいよ」


 ほんとにこの人は……。

 言い返そうとしてやめた。まぁたしかに姉ちゃんの言ってることは一理ある。

 たしかに、プレゼントをあげるなんて初めてだ。

 ここで姉ちゃんを頼らないと、俺は変なものを選んでしまうかもしれない。

 水沢さんにプレゼントを渡して、ぎこちない笑みで、でもその気持ちを悟られないように頑張って笑顔を作る彼女の顔が頭に浮かんだ。

 いや、そんなことになってはダメだ。ここは安全に姉の厚意に甘んずることにしよう。


「……はいはい。ありがとな」


「ふふっ、なぎ、素直でよろしい!」


 しぶしぶそう答えると、姉ちゃんは満足そうに笑った。

 

 店に着くと、ガラスケースに並んだアクセサリーがキラキラ輝いていた。

 ネックレス、イヤリング、指輪……いろんなものがあって、正直どれを見ればいいのか分からない。


「ねえねえ、これとかどう? なぎがこういうの渡したら、絶対『うわぁ素敵~』ってなるよ!」


 姉ちゃんが指さしたのは、石がいっぱいついた派手なブレスレットだった。


「いや、それ絶対水沢さんっぽくないから」


 そう言うと姉ちゃんはここぞとばかりにニヤニヤする。


「ふーん、じゃあなぎはどれが『羽音ちゃんっぽい』と思うの?」


 姉ちゃんの軽い挑発に、俺は反射的に水沢さんのことを思い浮かべた。

 水沢さんの服装はいつもシンプルで落ち着いていて、それが妙に似合ってる。いつも落ち着いた雰囲気だ。

 だから派手なのはきっと合わない。


「……シンプルで、あんまり主張しすぎないやつがいいと思う」


「ほほう。……なぎ、なかなか分かってるじゃん」


 姉ちゃんが意外そうに笑ったのを横目に、俺はガラスケースに目を向ける。


「いらっしゃいませ」


 店員さんが声をかけてくれたので、俺は少し緊張しながらも相談してみることにした。


「あの、ブレスレットを探してるんですけど……その、友達にあげたいんです」


「友達ですか? シンプルで日常的に使えるものが良いですかね?」


「は、はいそうですかね」


「男友達ですか?」


「……!」


 いきなり聞かれてびっくりした。まぁここで男ですと嘘を着く必要も無いし、変なものをおすすめされても困る。


「え、えっと、女の子の友達です」


 恥ずかしくなりながらそう言うと、店員さんは頬を緩ませて、


「そうですかぁ……いいですね!お幸せに……」


 ……ってなんじゃそりゃ。それはどう言う意味だ!?


 まぁそんなことは置いておいて。


「それじゃあ……これとかどうですか?」


 店員さんが笑顔で答えてくれる。俺は頷きながら、目の前のブレスレットをじっと見た。

 その中で、一つの細いチェーンに小さな飾りがついたブレスレットが目に留まる。


「これ、とかいい感じですか?」


「こちらはシルバーのシンプルなデザインで、普段使いにもぴったりですよ。上品でどんな服装にも合わせやすいので、贈り物にも人気です。お値段もそんなに張らずにいい感じだと思います」


 店員さんの説明に、俺は思わずうなずいていた。

 これなら、水沢さんが普段からつけてくれそうだし、あんまり派手じゃない。


「これ、いいかも……」


 つぶやく俺の隣で、姉ちゃんが急にクスクス笑い始めた。


「なぎ、ホント真面目だね~。そんなに真剣な顔して選んでるの、なんか初めて見たかも」


「うるさいな……」


 恥ずかしくて顔を赤くしながら言い返すと、姉ちゃんはさらに楽しそうに笑った。


「でもさ、そんなに真剣に選んでるなんて、羽音ちゃんが知ったら絶対喜ぶよ。きっと『増山くん、私のことこんなに考えてくれてたんだ、好き〜!』って感動して泣いちゃうかもね~」


「だから、そんなんじゃないって、ただの友達だよ!」


 必死で否定する俺を見て、姉ちゃんはケタケタ笑いながら、「はいはい」と手を振った。くっ……。こいつぅ。


 結局、俺はそのブレスレットを買うことに決めた。

シンプルで、でもさりげなく可愛らしさもあるデザイン。水沢さんに似合うはずだ。


「なぎ、いい買い物したじゃん。まあ、あんたのセンスにしちゃ上出来だよ」


 姉ちゃんが軽口を叩くけど、俺はなんだか嬉しかった。

 水沢さんがこれを気に入ってくれたらいいなと思いながら、ブレスレットが入った小さな袋をぎゅっと握る。


「じゃ、帰ろっか。今日の私は本当にいい姉だったねぇ~」


 姉ちゃんが満足そうに言いながら歩き出す。

 俺は少し疲れた気持ちになりながらも、その背中についていく。


「……水沢さん喜んでくれるかな」


 そう呟くと、姉ちゃんは振り返ってニヤリと笑った。


「大丈夫だって。あんたのその真面目な想い、きっと伝わるから」


 その言葉に少しだけ安心しながら、俺は家路を急いだ。

 でも、心の中で次第に膨らんでくるのは緊張だった。

渡すとき、なんて言えばいいんだろう……?


 考えるだけで顔が熱くなる。

 プレゼント選びは終わったけど、俺のドキドキはこれからも続きそうだ。

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