第62話 聖女様と恋のキューピッドその2

 放課後の教室で、いつものように渚くんと話していたときのこと。

 彼がふいに目をそらしながら、ぽつりとこう言った。


「えっと、篠崎さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」


 相談。

 何の話だろう? 渚くんから何か頼まれるのって珍しい。私は興味津々で前のめりになった。


「いいよ! 何でも聞くよ!」


「お、おお……ありがとう」


 私の勢いが強すぎたのか少し引き気味の渚くん。


「あ、ご、ごめん興味ありすぎて」


「うん、大丈夫」


 危ない危ない、こんなことしたら喋ろうと思わなくなってしまう。気をつけよう。


 すると少し待ってると渚くんは少し言いにくそうにしながら、顔を赤らめて言った。


「その、水沢さんにプレゼントを渡そうと思ってるんだけど……どんなのがいいと思う?」


 その言葉を聞いた瞬間、私は思わず笑顔を隠せなくなった。

 だってついさっき、羽音ちゃんからまったく同じ相談を受けたばかりなんだもん!


「ふぅ~ん、プレゼントねぇ……」


 私はわざと少し間を取って、渚くんの様子を伺った。すると、案の定、彼はそわそわしている。

 内心では「この二人、本当にお互いのこと大好きじゃん!」とニヤニヤが止まらないけど、ここでそのことを明かすわけにはいかない。


「プレゼントって、何か具体的に考えてるの?」


「いや、まだ決まってないんだけど……なんか、水沢さんってアクセサリーとか好きそうじゃん? だから、ブレスレットとかどうかなって思って……」


 渚くんがぽつりとつぶやくように言う。


 おいおい、それめっちゃいいじゃん。

 羽音ちゃんだってさっき「渚くんに時計をプレゼントしたい」って言ってたし、これ完全にお互いがお互いにぴったりのものを選ぼうとしてるじゃん!


 尊い。いや、ほんとに尊い。

 この二人、どうしてまだ「ただの友達」なの!?


「ブレスレットかぁ、いいと思うよ!」


 私はできるだけ冷静を装いながら答える。


「羽音ちゃん、結構シンプルでかわいいものが好きそうだから、そんな感じのデザインがいいんじゃないかな?」


「……たしかに。水沢さんがあんまり派手なのをしてるイメージはないかもな」


 渚くんは真剣な顔で考え込んでいる。

 そんな姿を見ると、私の心の中では「この二人、ほんとにお互いをよく見てるなぁ」と感心せずにはいられない。


 でも、ここで私が「羽音ちゃんも渚くんに時計をあげようとしてるよ」なんて言ったら、せっかくのサプライズが台無しになっちゃう。

 

 だから、私はあえて何も言わずに、渚くんをサポートすることに徹することにした。


「ブレスレットって結構種類あるから、ちゃんと羽音ちゃんの雰囲気に合うやつを選ばなきゃね。どんなのがいいか、一緒に考えよっか?」


「ほんとに?助かる……篠崎さん、ほんとありがとう」


 渚くんはホッとしたように言い、少し笑った。


 この感謝の言葉、羽音ちゃんにも聞かせてあげたいよ。絶対、嬉しさで泣いちゃうと思うんだけど。


「で、どこで買うの? 今度の土曜日とか、どっか一緒に見に行く?」


「いや、それは大丈夫。俺、姉ちゃんに付き合ってもらうことにしてるから」


 姉ちゃん? へぇ~、渚くんってお姉さんに頼るタイプなんだ。

 ちょっと意外だけど、なんだか微笑ましい。


「じゃあ、そのとき羽音ちゃんに合いそうなやつ、探してみなよ。お姉ちゃんも頼りになりそうだし!」


「だな……篠崎のおかげで、なんか方向性が見えてきたよ。本当にありがとな」


 渚くんは少し照れくさそうに笑った。


「いいってば! 私も羽音ちゃんの喜ぶ顔が見たいしね」


 そう言いながら、私はまた心の中でニヤニヤしていた。

 だってこの二人、ほんとにお互いを思いやりすぎてて、見てるこっちがキュンキュンするんだもん!



 


 ******



 

 渚くんと別れたあと、私は教室を出て、一人廊下を歩きながら考えた。


 羽音ちゃんと渚くん。

 どちらも、相手のことを一生懸命考えて悩んでいる。

 それって本当に素敵なことだよね。


 羽音ちゃんは「渚くんに時計をあげたい」って真剣に考えてたし、渚くんだって「羽音にブレスレットをあげたい」って悩んでた。

 どちらも、自分よりも相手を優先してる。その気持ちが、本当に尊いんだよなぁ……。


「いやぁ、これ絶対面白いことになるでしょ!」


 私は一人でニヤニヤしながら、廊下を歩く。


 これからプレゼントを渡し合う日が待ち遠しい。

 二人がどんな顔をするのか、どんな言葉を交わすのか、考えただけでワクワクしてくる。


 でも、そのときに私はどうするかって?


 もちろん、二人がちゃんと幸せになれるように、全力でサポートするに決まってるじゃん!


「さてさて、楽しみが増えたなぁ~」


 私はそうやってひとり呟いて小さく笑いながら、教室に戻ることにした。

 二人の恋が少しずつ動き出していることを感じながら、私はその場をあとにした。

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