第61話 聖女様と恋のキューピッド
放課後の教室はいつもの喧騒が少しずつ静まり、各々が帰り支度を整える時間になっていた。
私──篠崎有美は、そんな中でさりげなく羽音ちゃんの様子を観察していた。
いつもより落ち着きがないというか、なんとなくそわそわしている。
ノートを片付ける手つきもどこかぎこちなくて、普段の羽音ちゃんらしさがない感じ。どうしたんだろうか。
──これはなにかあるな~?
と、心の中で私はニヤリとする。
思い当たる節がひとつ。
渚くんの誕生日がもうすぐだってこと。
いやいや、羽音ちゃんがそれを意識してるなんて決めつけちゃいけないけど……でも、ほら、見てよ、あの挙動。さっきからずっとノートを出してはカバンにしまってを繰り返している。明らかにおかしい。
絶対そのことだって!
「ねえ、羽音ちゃん」
私は机に手をついて、ちょっと身を乗り出す。
案の定、名前を呼んだ瞬間に羽音ちゃんはびくっと肩を震わせた。びっくりしてるびっくりしてる。
「ど、どうしたの?」
上目遣いで私を見てくる羽音ちゃん。相変わらず可愛いなぁ。
でも、そんなキョドった顔してたら、ますますバレちゃうよ?
「なんか気になることでもあるのかな~って思ってさ」
私は軽い調子で言いながら椅子を引いて隣に座る。
これ以上彼女を逃がすわけにはいかないもんね!
「別に、なにも……」
羽音ちゃんがそう言うけど、その声が明らかにか細い。隠しごとをするときの典型的な反応だ。
それに、手元のカバンのファスナーをいじり続けてるのもごまかしだよね。
「ほんとに? 羽音ちゃん、さっきからちょっと変だよ?」
私がじっと見つめると、羽音ちゃんはますます視線を彷徨わせた。うんうん、この反応。間違いなく渚くんのことだ。
「なんでも話していいんだよ~。別に変なことじゃない限り、笑ったりしないからさ」
そう言いながら優しく微笑んでみせる。ここでガツガツ追及したら羽音ちゃんは完全に殻にこもっちゃう。
それに、こういうのは自分のタイミングで話してくれるのを待つのが一番だって知ってるから。
案の定、羽音ちゃんは少し間をおいて、ぽつりと呟いた。
「……ねえ、有美ちゃん……」
少し待っていると彼女はようやく切り出してくれた。
「なになに?」
私はすぐに反応しつつも、なるべく自然体を保つ。羽音ちゃんが話しやすいようにね。
「……益山くんに、何をプレゼントすればいいかな?」
恥ずかしそうに小さな声でそう言う羽音ちゃん。その頬はほんのりと赤く染まっていて、手をぎゅっと握りしめているのがたまらなく可愛い。愛おしい……。守りたい。
「おお、それはいいね~!」
内心では「可愛すぎるだろ!」って叫びたかったけど、そこは抑えて明るく答える。
ニヤけそうになるのをぐっと堪えながら、私は羽音ちゃんの顔を覗き込んだ。
「渚くん、もうすぐ誕生日だもんね。羽音ちゃんが考えるプレゼントとか、絶対喜ぶと思うよ!」
「そ、そうかな……」
羽音ちゃんは控えめにそう言いながら俯く。でも、その目は少しだけ嬉しそう。
「で、何か候補とかあるの?」
私が尋ねると、羽音ちゃんは少し悩んだように首を傾げた。
「……ううん、全然わからなくて。それで、有美ちゃんに相談しようかなって思ったの」
そう言って私を見上げる羽音ちゃん。可愛い。
何その小動物感! ずるいよね!?
「なるほどね~。じゃあ一緒に考えよっか」
私はニコッと笑ってみせる。こういう相談をしてくれるのって信頼されてる証だし、嬉しい限りだ。
「渚くんってさ、どんなものが好きそう?」
羽音ちゃんの考えを引き出すために、まずはそう聞いてみる。彼女が一番、渚くんのことを知ってるはずだから。
「うーん……」
羽音ちゃんは唇を噛みながら、じっくり考え込んでいる。
私はその横顔を眺めつつ、なんだか微笑ましくなる。真剣な顔もまた可愛いんだから。
「益山くん、いつも時計してるよね。たぶん好きなんだと思うんだけど……でも私、時計のこととか詳しくなくて……」
羽音ちゃんがしゅんと肩を落とす。
なんだか助けてあげたくなるその仕草に、私はすかさずフォローを入れる。
「それならいいじゃん! 時計っぽいものにしてみたら? 渚くんが好きそうなデザインのやつを選べば絶対喜ぶと思うよ」
「でも……私、センスないかもしれないし……」
羽音ちゃんはそう言いながら、また小さく俯いた。
「そんなことないよ! 羽音ちゃんが真剣に選んでくれたら、それだけで渚くん嬉しいと思うなぁ」
「そう……かな?」
「そうだよ!」
私は大きく頷いてみせる。それでもまだ自信なさげな羽音ちゃんに、次の一手を打つ。
「じゃあ、一緒に見に行こうよ! 羽音ちゃんがどんなものがいいか考えるの、手伝ってあげるから!」
そう言うと、羽音ちゃんは目を丸くした。
「有美ちゃん、一緒に?」
「もちろん! 羽音ちゃんが選ぶのにちょっとでも役に立てたら嬉しいし、私も渚くんのプレゼント気になるしね~」
冗談めかして言うと、羽音ちゃんはふっと笑った。よし、少し緊張がほぐれたみたいだ。
「……ありがとう。有美ちゃん、頼りになるね」
その言葉に、今度は私が照れそうになる。羽音ちゃんのこういう素直なところ、ほんと可愛すぎる。
「じゃあ決まりだね! 今週末、一緒にショッピング行こう!」
「うん……よろしくね、有美ちゃん」
羽音ちゃんが頬を赤らめながらそう言う。私はその様子を見て、内心ニヤニヤが止まらない。
──ほんと、この二人って可愛いなぁ。
渚くんも羽音ちゃんも、お互いのことを考えて悩んでるなんて。
こっちはすっかり恋のキューピッド気分だよ。
でも、こんなにお互いを想い合ってるのに、まだ「ただの友達」なんだもん。見守る側としてはもどかしいったらありゃしない。
「ふふ、楽しみだね~」
そう言いながら、私はまた羽音ちゃんを眺めた。
週末、どんなプレゼントを選ぶことになるのか。二人がどんな反応をするのか、考えただけでワクワクしてくる。
──さて、これは絶対、二人の関係の結末、見届けないとね!
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