第58話 聖女様と友達の始まり


 翌日、教室のざわつきはいつもよりも強かった。


 夏休み明けから、篠崎有美がクラスの中心となり、教室の雰囲気を明るくしていたが、今日の話題はそれだけではなかった。


「ねえ、なんか益山くんと水沢さんと篠崎さん、めっちゃ仲良くない?」

「え、あの3人? 私たちの知らない間に何があったの!?」

「益山ってあんまり目立たないけど、結構やるな~」


 教室の隅で聞こえてくるクラスメイトたちの声。


 その中心にいたのは、益山渚、篠崎有美、そして水沢羽音だった。


「渚くん、席着いたら?」

 

 朝のホームルームが始まる、始業のチャイムがなるほんの少し前、有美が渚にそう声をかける。


「分かってるよ。先生来るまでまだ時間あるし」

 

 渚がそう答えると、有美は、


「もう、先生に怒られても知らないからね!」

 

 と軽く肩を叩いた。


 そのやり取りを見た羽音は、口元に小さな微笑みを浮かべていた。

 

 彼女は昨日の3人でのやり取りで自分の気持ちに折り合いを付けることが出来た。

 

 以前の羽音なら、有美のそんな渚に対する明るい扱いに戸惑いを感じたかもしれない。

 だけど、昨日の話し合いを経て、彼女の真っ直ぐな優しさを知ったことで、その笑顔を素直に受け入れられるようになっていた。


「篠崎さん……」


「どした!羽音ちゃん」


 ニコニコしながら羽音の方に向き直る有美。


「篠崎さん、有美ちゃんって呼んでいい?」

 

 羽音がふとそう尋ねると、そんなことを言われるのは意外だったのか一瞬ポカーンとした表情を浮かべたが、すぐに有美は目を輝かせて振り返った。


「もちろん! 1回試しに呼んでみて!」


「え、う、うん。有美ちゃん」


「羽音ちゃんっ」


「有美ちゃん」


「羽音ちゃん♡ えへへへ」


 そうやって呼び合いながら笑顔をうかべる二人。


「まて、ちょっとこの場に居にくくなるからヤメテ」


 そんな、女子二人のやり取りに渚が小さく笑い、「昨日はあんなに気まずい空気だったのにな」と心の中で呟いた。


 ホームルームが終わり、最初の授業が始まるまでの短い休み時間、3人は一緒に窓際に集まって話をしていた。


「有美ちゃん、数学って得意?」

 

 羽音がノートを広げながら尋ねる。まだ有美ちゃん呼びに慣れてないのか少し照れながらも、嬉しそうに答える。


「え? 全然得意じゃない! 渚くんに聞いたほうが早いよ~」

 

 有美は即答し、さらに笑いながら渚の方を指差した。


「でも、改めて渚くんのノートってめっちゃきれいだよね。借りたことあるけど、ちょっと感動したもん」


「それ、篠崎さんが雑に書き込んで返してきたやつだよね、結局俺が修正したやつ」


 渚がそう指摘すると、有美は


「それは過去のこと!いいじゃん!可愛い私の書いたイラスト付きだったし!」

 

 と笑いながら手をひらひらと振る。

 そのやり取りに羽音も思わず笑い、3人は自然と同時に笑い合った。


 そんな彼らの様子を、クラスメイトたちは遠巻きに見ていた。


「え、水沢さんと篠崎さんってあんなに仲良かったっけ?」

「いや、昨日まではそんな感じじゃなかったよね?」


 教室のあちこちで、ひそひそとした声が交わされているのが聞こえる。


「益山くんと水沢さんって接点あったの?」

「いやいや、篠崎さんがいるから今つながってるんじゃない?」


 憶測が憶測を呼び、クラスメイトたちは3人を気にしている様子だった。

 だが、渚も羽音も、有美も、その視線や声を気にする素振りはまったくなかった。


「ねえ、結構目立ってる気がするけど、大丈夫?」

 

 羽音が少し不安そうに声を潜めて渚に尋ねると、渚はあっさりと答えた。


「別にいいんじゃないか。今までみたいに隠れる必要もないし」


 その言葉に、羽音は驚いた表情を浮かべた。


 隠れていたのは自分たちの関係だけではなかった。羽音自身が、周囲の目を気にして自分を隠していたのだ。


「うん……そうだよね」


 しかしもう大丈夫だ。羽音はぎゅっと決意を固めるように自分の拳をぎゅっと握った。

 羽音は小さく頷き、渚の横顔を見た。彼のその変わらない落ち着きが、今は不思議と頼もしく感じられた。


 昼休みになると、有美が元気いっぱいに声を上げた。


「ねえ、せっかくだし3人でお昼食べない?」


「あ、いいね」


「うん、いこう」


 渚が素直に応じ、羽音も少し戸惑いながら頷いた。

 3人で教室を出て、中庭にある木陰のベンチに向かう。


 カバンからお弁当を取り出しながら、有美が言った。


「ねえねえ、羽音ちゃんって、普段どんなことして遊ぶの?」


「えっと……一人で読書とか、家で映画観たりするのが多いかな」


「そうなんだ! でも、羽音ちゃんって意外と活発だよね!」


 その言葉に、羽音は少し照れながら笑った。


「そう見える? 有美ちゃんの明るさに引っ張られてただけかも」


「えー! そんなことないって!」


 そのやり取りに、渚も思わず笑みをこぼした。


 周りから見れば、3人が一緒にいる光景は新鮮だったかもしれない。

 けれど、羽音にとっても、渚にとっても、有美にとっても、それはごく自然なことに感じられていた。


「こうやって、堂々と話せるのって、いいなぁ」


 羽音がふと呟く。


「確かに、今までとはちょっと違うけどさ。こういうのも悪くないよね」


 渚の言葉に羽音は頷き、有美は「だよね!」と元気よく応じた。


 それぞれが違うタイプの、個性を持ってはいるけれど、こうして交じり合う時間はとても心地よい。


 その日の放課後、3人で話しながら下校していると、益山がふと口を開いた。


「これからも、こうやって一緒にいられるといいよな」


「うん、もちろん!」


 有美が即答し、羽音も静かに笑いながら頷いた。


 少しずつ築いてきた関係が、ようやく形になりつつあることを、3人は実感していた。


 学校で堂々と話し、悩みながらも関わりあって、そして本当の友情を見つけていく。

 そんな日々が今、始まろうとしていた。





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以上にて第5章終了です!

ここまで読んで頂きありがとうございました!

もし気に入って頂けたらコメント、評価など頂けるととても励みになります!


6章はまた後日投稿させていただきます、また始まりましたらお付き合いお願いします!

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