第56話 聖女様と向き合う準備


 夕方の公園。いつものように穏やかな風が吹き、木々が揺れている。


 けれど、今日の空気はどこか違っていた。

 篠崎さんが突然「3人で話したいことがある」と言い出したのだ。

 俺は驚きながらもその提案を受け入れ、この場所に水沢さんと共に集まった。


「あ!きたきた」


 先にベンチに座っていた篠崎さんは、俺と水沢さんの姿を見つけて明るい笑顔を向けた。そして手招きをしてくる。

 相変わらずの天真爛漫な態度だが、今日はどこか真剣な表情も混じっている。


 俺と水沢さんがベンチに座ると、篠崎さんは嬉しそうに「よしっ!」と声を上げた。彼女の前向きなエネルギーに場が少しだけ和らぐ。


「渚くん、羽音ちゃん。今日はね、ちょっとみんなで話したいことがあってさ」


 篠崎さんは言葉を切りながら、少しだけ緊張したような表情を浮かべた。その態度に俺は自然と身構えた。

 篠崎さんがこういう雰囲気になるのは珍しい。


「最近さ、3人でいること、遊びに行ったのも楽しかったし二人のことも大好きだから仲良く出来たらなっておもってるんだけど……なんか、ちょっとだけぎくしゃくしてる気がするんだよね。私、もっとみんなと自然に仲良くしたいんだけど、どう思う?」


 篠崎さんのそんな言葉に、俺と水沢さんは同時に目を見合わせた。


 ぎくしゃく──確かにそうかもしれない。

 特に最近、水沢さんの態度が以前より少し硬くなっていることに俺は気づいていた。

 でも、それをどうすればいいのか、どう向き合えばいいのか分からず、俺もずっと悩んでいた。


「それでね、みんながどう思ってるのか、ちゃんと聞いてみたいの。私、もっと仲良くなりたいから」


 篠崎さんは少しだけ笑いながら言ったが、その目には本気の思いが込められていた。


「なんでも言って欲しい、ありのままの渚くんと羽音ちゃんの気持ちを、言葉を教えて欲しい!」

 

 俺は、その真剣な視線に促されるように、最初は少し戸惑ったものの、口を開いた。


「……俺も、最近少し悩んでたんだ。水沢さんがなんだか居心地悪そうにしてる気がして……たぶん、それは俺のせいだと思う」


「……」


 言いながら、俺は自然と視線を落としていた。

 俺のせいだ、そんな言葉に少し水沢さんは驚いた表情をうかべる。


「俺、水沢さんと最初に友達になったとき、二人だけの秘密の友達関係が楽しかったんだ。でも、篠崎さんと仲良くなって、3人で過ごすようになってから、そのバランスを崩してしまった気がする」


 自分の言葉が水沢さんにそして篠崎さんにもどう響くのか分からず、俺は怖かった。


 言い換えれば篠崎さんのせいで俺たちの関係は崩れてしまった、とすることもできるので、そう伝わらなければいいなと願うばかりだ。


 しかしそれでも、この場で言葉にして、しっかりと自分の中で決着を付けなくては行けないなと思った。

 俺は水沢さんの方に向き直り、頭を下げた。


「ごめん、水沢さん。俺、同じことをしてた」


「同じこと……?」


 水沢さんが不思議そうに聞き返してきた。


「俺さ、前に水沢さんに『みんなと遊んでる姿を見るのが辛い』って言ったことがあったよね? あのとき俺は、水沢さんが遠く感じて、一人で悩んでた。……でも、今思うと、俺が水沢さんにしてたことも、それと同じだったんだ」


 俺は、心の中を整理するように、ゆっくりと言葉を続けた。


「俺が篠崎さんと仲良くすることで、水沢さんに同じような気持ちを抱かせてたんだよね。水沢さんがもしかしたら疎外感を感じてるかもしれないって分かってたのに、ちゃんと向き合わなかった。ごめん。俺は本当に最低なヤツだ……」


 水沢さんは驚いたような表情を浮かべ、俺をじっと見つめていた。すぐに何かを言うわけでもなく、ただ考え込むように口元をぎゅっと結んでいる。


 その間、篠崎さんは俺たちのやり取りを静かに見守っていた。彼女らしく、空気を壊さないようにと配慮しているのが伝わる。

 俺の言葉を受けても特に嫌がることなく耳をすまして場を取り持ってくれている。とてもその気遣いがありがたい。


「……私もごめん」


 そうすると次は水沢さんが静かに口を開いた。


「私、最近自分の気持ちがよく分からなくて……益山くんが篠崎さんと楽しそうにしてるのを見るたびに、なんだかモヤモヤして。でも、それをうまく言葉にできなくて、益山くんにも篠崎さんにも冷たくしちゃってた」


 水沢さんの声は震えていた。その様子に、俺は胸が痛んだ。


「私が悩んでる間、益山くんはずっと自然にしてたから、なんだか自分だけが勝手に置いていかれたみたいで……」


 水沢さんが言葉を詰まらせると、篠崎がゆっくりと微笑んで言った。


「羽音ちゃん、ありがとうね。ちゃんと言ってくれて。私も羽音ちゃんがどう思ってるのか、ずっと気になってたんだ。だから、聞けてよかった」


「……篠崎さん……」


 水沢さんはその一言に驚いたようだった。

 篠崎さんの言葉には、責めるような響きは一切なく、ただ彼女を受け止めたいという優しさが込められていた。


「私ね、二人と一緒にいると本当に楽しいんだ。でも、たぶん私が明るすぎるから、羽音ちゃんに負担をかけちゃってたのかも。もしそうなら、ごめんね」


 篠崎さんは水沢さんの目を見つめながら、心から謝った。その誠実さに、水沢さんは少しだけ泣きそうな顔をしていた。


「……そんなことない。篠崎さんが悪いんじゃないの。全部、私の問題だから……」


 そうやって水沢さんは自分を責めるが、名前を呼んで呼びかけた後に篠崎さんはしっかりとそれは否定する。


「そんなふうに思わなくていいよ。みんなで楽しくいたいって思ってる気持ちは、羽音ちゃんだって同じだよね?」


 篠崎さんのその言葉に、水沢さんは小さくうなずいた。


 俺は二人のやり取りを聞きながら、心の中で改めて思った。


 篠崎さんは本当にみんなのことをよく見ていて、気遣いができる奴だ。

 水沢さんを尊重しながらも、前向きな関係を築こうとしてくれる。

 しかし、篠崎さんはもう一度俺たちを試すように水沢さんに問いかけた。


「……羽音ちゃん、それで満足かな?」


「え?」


 そんないきなりの篠崎さんの問いかけに水沢さんは少し困った様子だ。


「羽音ちゃんは言いたいこと全部言えた?」


 改めてそう問われた水沢さんは腕を組んで、もう一度考える。

 そして少しの思考の末、


「まだ言えてないかも……」


 と、ポツリと呟いた。


「よし、じゃあこの機会だしあとからグチグチ言うのは、言わなかったとしても思うのもなし!全部言っちゃえ」


「……分かった」


 お、おお、何が始まるんだ……?


「益山くん」


「は、はい」


 真剣な表情に俺は水沢さんの目をしっかりと見つめる。


「私が悩んでたのわかって声掛けてくれたのはとても嬉しかったんだけど、もう少し寄り添ってくれたらもっと嬉しかったな」


「……」


「あとさっき同じことやってごめんって言ってたけど本当にその通りだよ!」


「……!」


「だってちょっと前にあんなことがあって益山くんを私が悩ませてしまったのは申し訳ないけど、結果として自分がやられていやなことを直ぐに人にやっちゃったってことだからね、しかも私あんな想いを込めた手紙まで書いて仲直りもしたのにぃ、なんで同じことしちゃったの……?」


「……」


「私本当に悲しかった。でも益山くんが悪いとかそういうのじゃないってわかってる、私も益山くんに聞かれたとき素直に強がったり隠したりせずに、ちょっとモヤモヤしてるってこと言えば良かった……だからさ」


 そういう水沢さんは今にも泣きそうで……それでもなぜだか彼女の顔に浮かんでいるのは──笑顔だった。


「握手で仲直りしよ、これからもまだ私は益山くんと仲良くしたいから……」


 そう言って満遍の笑顔で手を差し出してきた水沢さん。

 まただ、また水沢さんからだ。何かあっても仲直り、モヤモヤ解消のきっかけは水沢さんだ。

 前も手紙をくれたし、今回だって真っ直ぐ俺に気持ちを伝えてくれた。

 いやだったこと、悲しかったことを伝えた上で、それでも俺と仲直りしたい、仲良くいたい、そう言ってくれた。


 ああ、俺はなんて出来ない男だ。

 俺は差し伸べられた手をぎゅっと握りながら喋り始める。


 篠崎さんを挟んだ状態でこのような事をしているので、二人が篠崎さんの前で手を握り合い、話す。

 なかなかおかしな光景ではあったと思うが、篠崎さんは満足気に、口を挟むことなく俺たちの話に耳を傾けていた。


「俺もほんとうにごめん、もっとできることがあるなって、思いながらも水沢さんに拒絶されるのが怖くてその一歩を踏み出せずじまいで終わっちゃった。前回も仲直りのきっかけは水沢さんが手紙を渡してくれて……それがきっかけで仲直り出来た。今回もその役を水沢さんに任せちゃってとっても男としてなんか不甲斐ないなって思ってる」


「……いや、そんなことない」


 水沢さんはそう言ってくれるが、自分の中では納得がいかない。


「でも……やっぱり俺からもっと動いて、もっと水沢さんと向き合うべきだった……ほんとうにごめん。これからもこんな俺だけどずっと一緒にいて欲しい、二度とこんなことないようにする、もしお互いの気持ちが分からなくなっても、全力で水沢さんと向き合って話し合って、時間がかかっても一緒にいられるようにする、だから……」


 そこまで言ったところで、ふと、俺たちの間にいる篠崎さんが口を開いた。

 その表情はとっても笑顔でニヤッとしていた。


「ずっと一緒にいてほしい……なんか告白みたいだね」


「「……!!!」」


 そういわれた水沢さんは顔を赤くして俯いてしまった。握る手もなんか少し温かくなった気がする。

 まぁそれは俺も同じなわけで……。


「……ははは!」


 間の篠崎さんはもう我慢できない、と言わんばかりに笑い始めた。

 そんなふうになっちゃったので、おれと水沢さんは訳の分からない感情のままお互いの手を離した。


「渚くん、だから……の続きは?」


「も、もういいだろ」


「仲直りして欲しい、だよね?」


「う、うん」


 全くもってその通りだ。


「羽音ちゃん、こう渚くんは言ってますけど、どうですか?」


 そう問いかける篠崎さん。彼女のおかけでさっきまでの重い雰囲気は一変。とても愉快で明るい雰囲気が場に流れていた。


「うん、仲直りしよう、これからもずっと……一緒に、いようね……」


 ずっと一緒に居よう、そういったのはさっきの俺だ。水沢さんは頑張ってそれをネタにしようとしたのかな……?


 しかし、水沢さんは自分でも恥ずかしくなったのか、どんどん声が小さくなっていった。


「さっき真っ赤になった益山くんをからかうつもりだったのかな?」


「……っ!」


 図星をつかれてさらに顔を赤くする水沢さん。

 相変わらずニヤニヤしてる篠崎さん。


 なかなかこうまで水沢さんがやられてることを見た事がないのでなんだかおかしくて、面白かった。


「……俺たち、たぶんいろんなことを隠しすぎてたのかもな」


 俺がそう言うと、水沢さんも篠崎さんも俺の方を見た。


「水沢さんと秘密の友達だったのも楽しかったけど、秘密だからこそお互いに気を使いすぎてた気がする。篠崎さんが入ってくれたことで、それが浮き彫りになったんだと思う」


「益山くん……」


「これからは、もっとちゃんとお互いに向き合いたい。隠し事がない方が、きっともっと楽しくなると思うからさ」


 俺がそう言うと、水沢さんは少し驚いた顔をした後、照れくさそうにうなずいた。

 篠崎さんは満面の笑みで「それがいいと思う!」と明るく声を上げた。


 こうして、俺たち3人は少しずつ、本当の意味で向き合う準備ができていった。



 


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なんか書きたいように書いていたらいつもより長くなってしまいました!最後までお付き合い頂きありがとうございます!

あと2話ほどでこの章も終わりです、是非最後までお付き合い下さい!



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