第54話 聖女様と口から出た言葉
翌日、学校の休み時間。
クラスメイトたちの楽しそうな話し声が教室に響く中、私は机に座りながらノートを眺めていた。
ノートの文字を追っているふりをしながらも、頭の中は前のことでいっぱいだった。
カラオケで益山くんと篠崎さんが仲良くしている姿。その光景が何度も頭をよぎる。
篠崎さんは本当に明るくていい人だ。
いつもみんなを笑顔にしてくれるし、私にも優しく接してくれる。
だからこそ、あの時の自分が嫌になった。
3人で遊ぶことになったときも、新しい友達ができることが嬉しかったはずなのに……。
「──水沢さん?」
突然名前を呼ばれて顔を上げると、そこには篠崎さんが立っていた。
彼女はいつものように明るい笑顔を浮かべている。
「あ、篠崎さん……どうしたの?」
私の声は少し上ずっていた。
心の中で申し訳なさが湧き上がり、彼女の顔を直視することができない。
篠崎さんは私の隣に椅子を引いて座ると、柔らかい口調で話しかけてきた。
「最近、水沢さんどうしたのかなって思って。なんだか元気がないように見えるから……大丈夫?」
その優しい言葉に、私は息を呑んだ。
篠崎さんの目は真っ直ぐで、心配してくれているのが伝わってくる。
私が少しでも不安そうにしていたのを見逃さず、気にかけてくれているのだろう。
そんな彼女の姿に、本当は感謝しなきゃいけないはずだった。だけど、言葉がうまく出てこない。
「……別に、何でもないよ」
私はぎこちなく笑ってみせた。
けれど、篠崎さんの表情は変わらない。まるで私の心の奥を見透かしているような気がして、視線をそらしてしまう。
「そう?でも、前のカラオケの時も、ちょっと元気なさそうだったし……私、何かしちゃったのかな?」
篠崎さんの声はあくまでも穏やかだった。
けれどその問いに私は心がざわついた。
「何かしちゃった」なんて、そんなことはない。篠崎さんは私に何も悪いことなんてしていない。
むしろ、彼女がいてくれるおかげで益山くんも楽しそうで、場が盛り上がっていた。
だからこそ、私の中にあるこのモヤモヤした感情は、どうしようもなく自己中心的なものだ。
だけど、その感情をうまく抑えられないまま、私は口を開いてしまった。
「……篠崎さんが悪いわけじゃない。ただ……」
自分の中で整理しきれていない気持ちが言葉になろうとしていた。
このまま話してはいけないと分かっている。
……だけど、口から言葉を発することを止められなかった。
「ただ、あなたといると……あなたのせいで、なんだか、益山くんが遠く感じるの」
言い終わった瞬間、教室の空気が急に静かになったような気がした。それは気のせいだ。別に私たちのしている話を聞いている人なんて誰もいない。
依然として教室は休み時間の喧騒に包まれている。
しかし私は内心少しパニック状態になってしまい、周りの音が少し遠く感じていた。
自分じゃない自分が今中にいるような、そんな感じがした。
篠崎さんは驚いたように目を見開いたけれど、すぐにその表情を和らげた。
「……そっか」
短くそう呟くと、篠崎さんは少し笑顔を作って、静かに続けた。
「ごめんね。そんなふうに思わせちゃってたなんて……私、気づけなかった」
彼女のその言葉に、私はますます胸が締め付けられる思いがした。
篠崎さんは何も悪くないのに、こんなことを言われるなんて、本当に理不尽だと思う。
けれど、自分の感情をうまく抑えられなかった私は、どうしても謝ることができなかった。
篠崎さんはそれ以上何も言わず、席を立つと「またね」とだけ言って去っていった。
篠崎さんがいなくなった後、私は深いため息をついた。
机に突っ伏して、ぐちゃぐちゃになった自分の気持ちを何とか整理しようとするけれど、頭の中は混乱したままだ。
「どうして、私はあんなことを言ってしまったんだろう……」
自分の言葉を思い返して、また後悔の波が押し寄せてくる。
篠崎さんが悪いわけじゃない。むしろ、彼女は益山くんを明るくしてくれる存在だ。私にはない魅力を持っていて、益山くんが自然と笑顔になれるのも分かる。
だけど、その笑顔を見るたびに、私はどこか寂しくなってしまう。
私が彼を明るくさせてあげたい、そう思ってしまう自分がいるのも確かだ。
「私、嫉妬してるのかな……」
その言葉を心の中で呟いた瞬間、体が強張った。
そんなはずはない。ただの友達なのに、こんな感情を抱くのはおかしい。
私は渚くんの友達として、一緒に過ごす時間を楽しんでいただけなのに。
そう言い聞かせるがその気持ちとは違う自分の感情があることに気づく。
「もう、分からないよ……」
頭を抱えるようにして、私は机に顔を埋めた。
どうしてこんなふうになってしまったんだろう。
篠崎さんが私の気持ちに気づいたら、もう彼女とは顔を合わせられないかもしれない。
益山くんにこのことが伝わったら、もっと気まずくなるかもしれない。
でも、篠崎さんのあの優しい言葉と表情を思い出すと、また胸が痛んだ。
「私、最低だ……」
小さな声でそう呟いて、また深いため息をついた。
篠崎さんに謝るべきだと分かっている。でも、どうやって気持ちを伝えたらいいのか、今の私にはまだ分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます