第53話 聖女様と二人の静かな時間
カラオケで3人で遊んだ翌日、俺は一人で机に向かっていた。
ノートを開いたまま、シャーペンを手に持っているけど、宿題は全然進まない。視線はノートの端をぼんやりと追い、昨日のことを思い返していた。
篠崎さんが誘ってくれた3人でのカラオケ。篠崎さんの明るい性格のおかげで、場は終始楽しかったはずだ。
俺も久しぶりに気楽に笑ったし、彼女の天然っぷりに何度も助けられた。
──でも、ふと羽音の様子が頭をよぎる。
カラオケでの彼女は、どこか浮かない顔をしていた。
無理に笑おうとしていたけれど、その笑顔が自然ではなかったのが気になっている。
「……俺、何かしたのかな」
小さく呟いて、天井を仰ぐ。思い当たる節が全くないわけじゃない。
……いや、むしろありすぎて、どれが問題だったのか分からない。
水沢さんが篠崎さんと初めて出会った時、確かに少し戸惑っているように見えた。
その時は、いずれ仲良くなれるだろうと思ってあまり深く考えなかった。
篠崎さんは誰にでも明るく接するし、水沢さんもみんなの前では聖女様、ではあるけど気さくな性格だと俺は思っているから、案外すぐに打ち解けると思っていた。
……でも、実際は違ったのかもしれない。
水沢さんは俺と秘密の友達という立場をずっと守ってきた。
その中に新しく篠崎さんが加わったことで、彼女にとって何か変わってしまったのだろうか。
そんなことを考えた。
俺の中で、モヤモヤとした感情が渦巻いていた。
******
翌日の昼休み。
教室ではいつものように篠崎さんがクラスメイトたちに囲まれていた。
その輪の中に俺も半ば引きずられる形で加わっていた。
篠崎さんが最近、俺を積極的に話に巻き込んでくるせいで、クラスメイトたちとも話す機会が増えている。
一度その場から離れ、二人で話す流れになった。
「ねぇ昨日のカラオケめっちゃ楽しかったね!」
すると篠崎さんが明るい声で話しかけてきた。
「うん、楽しかったな。篠崎さんが盛り上げてくれて助かったよ」
「えへへ、ありがと!でもさ、羽音ちゃんって大人しいタイプなんだね。もっと喋るのかと思った」
「……」
その言葉に俺は一瞬言葉を失った。
篠崎さんは悪気なく言っているのは分かる。
でも、水沢さんの性格を知っている俺からすれば、それが彼女の本心ではないことも分かっていた。
「いや、水沢さんはそういうんじゃないと思うよ。ただ……昨日は少し疲れてただけかもな」
「そっか。何か悩んでるのかな?羽音ちゃん、カラオケではずっと静かだったから気になっちゃって」
篠崎さんは本当に真剣な顔をしていた。
彼女の表情を見て、改めて思う。
篠崎さんは天然で自由な性格だけど、周りのことをよく見ている子だ。
水沢さんの様子がおかしいことに気づいたのも、彼女なりに周囲を気遣っていたからなのだろう。
「どうなんだろう……俺にもよく分からないな」
俺は正直にそう答えた。
篠崎にどう説明すればいいのかも分からなかったし、そもそも自分自身、水沢さんが何を思っているのか確信が持てていなかった。
聞いてもなんでもない、としか言われないのでこちらとしても正直助けになれない、というのが実の所だった。
篠崎さんは少し首を傾げ、「そっか」と言って頷いた後、笑顔を浮かべた。
「でも、羽音ちゃんとは仲良くしたいな!渚くんとも仲良しだし、きっといい子なんだろうなって思うから」
その言葉に、俺は複雑な気持ちを抱いた。
篠崎さんの気持ちは本物だ。彼女は本当に水沢さんと仲良くなりたいと思っている。
だけど、それを簡単に許容できないのは俺のせいだ。
俺と水沢さんは「秘密の友達」という関係を守るために、学校では距離を置いている。
その関係を篠崎さんと共に隠しながら、3人で仲良くするのは、どこか矛盾しているように思えた。
「篠崎さんって、ほんと人を疑わないよな」
「ん?そうかな?でも、みんな良い人そうだから、仲良くしたいじゃん!」
篠崎さんの明るさに救われる一方で、俺は自分の不甲斐なさを感じていた。
彼女が純粋にみんなと仲良くしようとしている中で、俺だけが水沢さんとの特別な関係を守ることに囚われて、彼女に対して正直になれていない気がする。
「……そうだな」
曖昧に返事をしながら、俺は心の中で決意した。
次に水沢さんと会った時は、彼女の気持ちをもう少しちゃんと考えよう。
そして、俺自身がどうすべきかを見極めるべきだ。
******
放課後、俺は公園へ向かった。
水沢さんに何を言うべきか、頭の中で考えながら歩く。
昨日のことについて話した方がいいのか、それとも自然な会話を心がけるべきか……答えはまだ出ていない。
ベンチに座っている水沢さんの姿が見えた。相変わらず、彼女の表情は少し曇っているように見える。
「……水沢さん」
名前を呼ぶと、彼女がこちらを向いた。
その目には少し不安げな光が宿っている。
「ごめん、昨日のカラオケ、楽しめなかったよな?」
俺は率直に尋ねた。
水沢さんは一瞬驚いたような顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「そんなことないよ。ただ……ちょっと疲れてただけ」
「本当に?」
「……うん。でも、篠崎さん、すごく明るいよね。益山くんともすぐ仲良くなって、すごいなって思う」
水沢さんの言葉にはどこか棘があった。
でも、それが責める意図ではないことも分かった。
「水沢さん、俺……」
何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
水沢さんの不安やモヤモヤをどうすれば取り除けるのか、俺にはまだ分からなかった。
「……篠崎さん、良い子だよ。益山くんが仲良くするのも分かる」
水沢さんはそう言ったが、その声がどこか寂しげに聞こえた。
俺は彼女のその気持ちに気づきながらも、それにどう応えるべきかが分からないまま、ただ彼女を見つめるだけだった。
そして、俺たちの間には、再び静かな時間が流れた。
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