第50話 聖女様と予期せぬ来客


 放課後の静かな公園。


 日が傾き、辺りがオレンジ色に染まる中で、私はいつも通り益山くんと二人で話していた。

 学校ではお互いにあまり話さないようにしているから、こうやって誰にも邪魔されず二人で過ごせる時間が、私にとってとても特別なものだった。


「益山くん、次のテスト、また一緒に勉強しようね」


「もちろん。水沢さんがいると結構はかどるしな」


 益山くんが照れくさそうに笑う。

 そんな益山くんの様子を見ていると、私も自然と笑顔になる。


 ──そして30分ほどゆっくりとお話をしていた時、突然後ろから明るい声が聞こえてきた。


「渚くん、こんなところで何してるの?」


 振り返ると、そこにはクラスメイトの篠崎有美さんが立っていた。

 彼女は私たちを見つけると、少し驚いた様子を見せた後、にっこりと笑顔を浮かべて手を振った。


「篠崎さん……どうしてここに?」


 私は戸惑いながらもそう尋ねる。

 彼女は息を切らしていて、どうやら公園の近くで用事があって偶然通りかかったらしい。


「いやー、偶然なんだよ!今日は寄り道して帰ろうと思ってたら渚くんがいたから、ちょっとびっくりしちゃって」


 有美さんは少し早足で近づいてくると、益山くんと私の前に立ち、私を見てにこっと微笑んだ。


「渚くんがいると思ったらまさか隣にいるのは水沢さんだなんて……めちゃ驚いたよ〜」


「……」


 そう話しかけられるが、このふたりの秘密の関係がバレてしまった。その事に驚きを隠せず私たちはつい黙り込んでしまう。

 とりあえずあちらがどう出るかを自然と伺っていたが、特に篠崎さんは考えてないような感じで口を開いた。


「そっか!水沢さんも渚くんと一緒にいたんだね!なんだか仲良さそうだね、二人とも」


 彼女が無邪気にそう言った瞬間、私は胸がドキリとした。

 別にやましいことは何もないのに、彼女にそう言われると、どうしてか少し恥ずかしくなってしまう。


「えっと……たまたま、ね?」


 私は言い訳するようにそう答えると、益山くん「まあ、そんなところだな」とさらりと返す。


「そうなんだ。二人とも仲が良さそうだから、ちょっと羨ましいなぁ」


 篠崎さんはそう言うと、私をじっと見つめ、真剣な顔で言った。


「──ねぇ、水沢さん。私とも友達になってくれない?羽音ちゃんって呼んでいい?」


「えっ?」


 突然の申し出に私は驚いてしまった。

 けれど、有美さんの無邪気で屈託のない笑顔を見ていると、断る理由も思い浮かばない。


 なんなら私は『友達』を望んでいたはずだ。嬉しいことだ。


「……うん、もちろんだよ」


「やったー!これで私たち、友達だね!」


 篠崎さんは喜んで私の手を握ると、何度も小さく揺らして嬉しそうに微笑んだ。その表情はあまりに純粋で、私はつい照れくさくなってしまう。


 有美さんは、誰とでも自然に打ち解けて、友達になっていく。

 そんな彼女が、益山くんとも私とも仲良くしてくれることは嬉しいはずなのに、どこか素直に喜べない気持ちもある。


「それで、さっき二人で何話してたの?」


 有美さんは興味津々といった様子で、身を乗り出して私たちに尋ねる。その目にこの大スクープをどうにかしよう、広めてやろう、という野望のようなものは少しも感じられない。


 私はどう答えていいか迷ってしまったけれど、益山くんは軽く肩をすくめて「ただ、勉強の話をしてただけだよ」と代わりに答えた。


「そっかー。でもなんだかいいね、こうやって公園で話してるの。今度は私も一緒に混ぜてくれない?」


「……え?」


 またしても突然の提案に、私は目を見開いてしまった。

 篠崎さんが「一緒に」と言う言葉が、妙に私の心に響いてしまう。

 今まで益山くんと過ごしてきたこの時間は、私たちだけのものだったから、篠崎さんがそこに加わるというのは少し驚きだった。


 でも、そんな風に言われてしまったら断る理由も見つからないし、私も小さく頷いた。


「うん……今度一緒に」


「ありがとう!嬉しいなぁ、これから三人でも遊べたらいいね!」


 有美さんは満足そうに笑うと、私と益山くんを見つめた。


 その笑顔は、まるで私たち二人が特別な存在であることを知っているかのような気さえした。私はまた胸がドキドキしてきて、ふと目をそらしてしまう。


「……あ、でも、これからも私と益山くんが一緒にいるのは学校では内緒にしておいてくれるかな?」


 私はそう言いながら、篠崎さんにお願いする。これは大事なことなので言っておかなければ。


 いつも秘密の友達として過ごしてきた私と益山くんの関係を、今さら他の人に知られるのが少し怖かったからだ。


「もちろん!任せて、私は秘密を守るのが得意だから!」


 篠崎さんはいたずらっぽくウインクしてくれる。


 彼女のその言葉に、少しだけほっとした。これからは三人で過ごす時間も増えるのかもしれないけれど、まだ私と益山くんだけの秘密の関係も守られる。

 そんなことを思うと、少しだけ心が落ち着いた気がした。


 それから、三人で少しだけ他愛のない話をして、公園を後にした。

 篠崎さんは終始明るくて、私と益山くんの間にすっかり溶け込んでいたけれど、私はその明るさが逆に心の中に少し影を落としていた。


 家に帰る途中、篠崎さんと益山くんが楽しそうに笑い合っていた姿が、何度も頭に浮かんでくる。

 きっと二人とも気にしていないんだろうけれど、私はその光景を思い出すたびに、胸の中に小さなモヤモヤが生まれるのを感じていた。


「……なんで、こんな気持ちになるんだろう」


 そんな呟きが、無意識に口をついて出た。


 篠崎さんと益山くんが仲良くするのは、何もおかしなことじゃないし、私も「友達」なのだから普通に話せばいいだけだ。なんなら私にだって最近友達もいる。


 ……それでも、どうしてあんなに楽しそうにしている二人を見ていると、少しだけ寂しい気持ちになるのか、自分でも分からなかった。


 家に着き、自分の部屋でぼんやりと天井を見上げながら、心の中でその疑問を抱き続けていた。


 益山くんが他の誰かと楽しそうにしているだけで、こんなに気になってしまうのは、どうしてだろう。

 今までこんな気持ちになったことなんてなかったはずなのに……。


「……私、どうしちゃったんだろう」


 そんな自分の気持ちが、友達としての寂しさなのか、それとも他の何かが含まれているのか、その答えはまだ見つからなかった。

 だけど、これまでの「二人だけの時間」に新しい誰かが加わることで、少しずつ自分の中の何かが変わり始めているのを感じていた。






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このお話もついに50話目となりました!

ここまで読んで頂いているみなさん、本当にありがとうございます!


今後ともこの作品をよろしくお願いします!

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