第49話 聖女様とザワザワ
益山くんと篠崎さんが楽しそうに話している姿が見えた。
篠崎さんは明るくて、誰にでも分け隔てなく接して、いつも自然体だ。転校してきたばかりなのに、もうすっかりクラスの人気者になっている。
私も、前に比べたらクラスの子とは仲良くしていると思う。
でも、どうしてもあの輪の中には入れない気がする。
少し遠くに見える益山くんと篠崎さんの間には、二人にしか通じ合っているように見える空気が流れていて、私はいつも遠くから見ているだけ。
今日も私は、教室の隅で最近できた隣の席のお友達と話していた。
でも、ふとした瞬間、やっぱり視線は益山くんの方に向いてしまう。
学校では「友達」らしく接することはできないけど、放課後になると一緒に笑って、他愛のない話をして、時には本当にくだらないことでふざけ合ったりもしている。
だけど、篠崎さんと益山くんが楽しそうにしているのを見ると、胸の奥が少しだけモヤモヤする。
私も、あの輪に入って一緒に笑いたい。でも私と益山くんは「秘密の友達」だから、クラスで一緒に過ごすことはできない。
それが分かっているはずなのに、なぜだろう。こんなに気持ちがざわざわするなんて……。
「羽音、どうしたの?元気ないみたいだけど」
隣の席の友達が心配そうに顔をのぞき込んでくる。
私が少しでも悩んでいる素振りを見せると、こうして気づいてくれる友達がいて、私はそのことに感謝している。
でも、その友達にさえも話せない自分の気持ちが、少しもどかしかった。
「ううん、なんでもないよ。ありがとう」
そう笑って返したけれど、心の奥では違和感が静かに広がっていく。
放課後には、またいつもの公園で益山くんに会う約束をしているから、その時間を楽しみにしようと、自分に言い聞かせる。
学校では話せないけど、放課後は二人だけの時間がある。それだけでも幸せなことなのに、どうして私はこんな気持ちになってしまうのだろう。
******
放課後、私たちはいつものように公園で待ち合わせをして、ベンチに並んで座っていた。
益山くんと話すときは自然と心がほぐれるし、彼も気楽そうにしてくれている。
それが私にとってどれだけ嬉しいことか、彼にはきっと伝わっていないかもしれない。
「……益山くん、篠崎さんとはどんな話してるの?」
つい口をついて出た質問だった。
普段、益山くんにこんなことを聞くことはないのに、今日はどうしても気になってしまった。
「え?ああ、篠崎さん?……うーん、特別な話とかはしてないよ。まあ、普通に学校のこととかさ、何でもない話ばっかりだよ」
益山くんがそう言った。
「……そうなんだ、なんか楽しそうでいいなぁ」
そう言いながら、笑顔を作ったけど、内心では少し苦しい気持ちがあった。
放課後のこの時間だけが、私と益山くんだけの特別な時間だと思っていたけど、学校での彼と篠崎さんの姿を思い出すと、どうしても落ち着かなくなってしまう。
「水沢さん、やっぱりどうかした?」
益山くんが私の様子を不思議そうに見つめる。
さっきから無理に笑顔を作っていることに気づかれたのかもしれない。
「ううん、なんでもないよ」
そう答えたけど、心の中では「本当はなんでもないわけじゃない」と叫んでいた。
私も、彼と学校で普通に話したいと思っている。でも、「秘密の友達」である私たちは、それができない。そんなことは、最初から分かっていたはずなのに、今はどうしても納得できない自分がいる。
「……益山くんさ、学校で私たちが一緒に話せないのって、少し変だよね?」
そこでは私は思い切って、そう言ってみた。益山くんは一瞬驚いた顔をして、少しだけ考え込んでいるようだった。
「確かに、普通の友達みたいに話せたら良いよね。……でも、水沢さんが嫌な思いをしないようにって思って……でも喋りたいよなぁ」
益山くんの言葉を聞いて、少し胸が温かくなった。
彼が私のことを考えてくれているのは伝わるし、そんな風に気遣ってくれるのは本当に嬉しい。
……それでもやっぱり、私の中で燻る違和感は消えなかった。
「ありがとう、益山くん。……でも、私は本当にこれでいいのかな?」
ぽつりと呟くと、益山くんは困った顔をして私を見つめた。
彼も分からないのだろうし、私も自分でどうしたいのか分からない。
ただ、最近のこの気持ちをどう受け止めていいか分からなくて、それが少し苦しい。
******
その日の夜、家に帰ってベッドに横になると、今日のことが何度も頭を巡った。
益山くんと話すときの安心感、学校で篠崎さんと話す益山くんを見たときのモヤモヤとした気持ち……。
私は益山くんのことを「特別な友達」として大切にしているつもりだったけれど、彼が他の子と楽しそうにしているのを見ると、なんだか心がザワザワしてしまう。
それは友達としての寂しさなのか、それとも違う感情なのか、自分でもまだはっきりと分からなかった。
「私、どうしてこんな気持ちになるんだろう……」
ベランダに出て夜空を見つめながら、そっと呟く。
私にとって益山くんは、いつの間にかかけがえのない存在になっていた。だけど、それがどういう気持ちなのか、自分の中でうまく整理できていない。
──もしかして、私は益山くんのことが好きなのかな……?
また頭によぎるその感情。
ふとそんな考えがよぎると、思わず顔が熱くなった。彼が他の子と仲良くしているのを見て、こんな気持ちになるのは、友達としての嫉妬、いやそれも違うまた別の感情……なのかもしれない。
だけど、こんな気持ちを自分が抱いていることを、益山くんに気づかれたくはなかった。
だから、明日もまたいつも通りの笑顔でいよう。そう自分に言い聞かせながら、私はそっと目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます