第48話 聖女様と二人の関係
教室で特に意識せずにノートを開いていると、篠崎さんがいつものように明るく元気に声をかけてきた。
「渚くん、おはよう!」
篠崎さんは軽快な足取り篠崎さんでこちらに歩み寄ると、すっと目の前に立ってくる。
転校してきたばかりとは思えないくらい、自然に溶け込み、周りの友達ともすっかり仲良くしている彼女が、初対面のときに「友達になろう!」と無邪気に誘ってきたときは正直驚いたけれど、断る理由もなく、その申し出を受け入れた。
それ以来、篠崎さんとはクラスメイトの前でもこうして自然に話すようになった。
「おはよう、篠崎さん」
名前を呼ぶと、篠崎さんは満面の笑顔で俺の隣の席に座る。
彼女の明るさと人懐っこさに、最初は少し戸惑いもあったが、慣れてみると気楽なものだ。篠崎さんは親しげな口調で話しかけてくる。
「ねえ渚くん、今日は放課後何か予定ある?」
「放課後? うーん、特に予定はないかな」
正直に答えつつ、心の中でふと「水沢さんとの約束」のことがよぎる。
けれど、放課後の時間を共に過ごしていることも、二人が「秘密の友達」であることも、篠崎さんには当然言えない。
水沢さんとの関係は、二人だけで守ってきた特別なものだから、心にしまっておく。
「じゃあさ、今日一緒に帰ろうよ!渚くんと話すとすっごく楽しいんだよね」
「えっ……」
突然の申し出に、驚きながら思わず目を見開く。
俺は教室の隅で目立たず過ごすタイプだし、誰とでも友達になれるような明るい性格ではない。
篠崎さんのような、クラスの中心にいるような存在が俺を誘ってくるなんて、今まで想像もしていなかった。
一緒に帰るだと……?もうそんなんカップルではないか。しかし篠崎さんを見ると、そういう気持ちはなくて、ただ純粋にあなたと話したいんだ、という気持ちがめちゃくちゃ伝わってくる。
無邪気に誘ってくれる彼女の視線に見つめられると、断るのも難しい。
「……いいよ、時間が合えば」
俺が戸惑いながらも返事をすると、篠崎さんはとても嬉しそうに目を輝かせた。
「やった! 渚くんと一緒に帰れるなんてラッキー!」
彼女は満面の笑顔を浮かべ、早速周りの友達に嬉しそうに報告し始めた。おおおい……。
その声に、クラスメイトたちが興味津々にこちらを振り返る。
「篠崎さんって、渚とそんなに仲良かったっけ?」
「そうだよー! 渚くん、普段はクールだけど話してみると面白いんだよ!」
しかし篠崎さんは無邪気に返し、周りのクラスメイトが興味深そうに俺たちを見て笑っている。
教室中の注目を浴びるなんて、俺には居心地の悪い状況だが、篠崎さんは全然気にしていない様子だ。
それどころか、彼女の楽しそうな笑顔につられて、俺も少しだけ笑ってしまった。
******
休み時間、篠崎さんは何度も俺の席に遊びに来て、授業の内容から次の休日の話まで、何でも気軽に話してくれる。
篠崎さんの持ち前の明るさや元気さが自然と伝わってきて、話しているといつの間にかこっちも心が軽くなるようだ。
今まで、クラスでこんな風に自然に話せる友達がいる日が来るなんて思わなかったけれど、篠崎さんと話していると、それも悪くないかもしれないと思えてくる。
──だけど、ふと気づく。水沢さんと過ごすときの特別な安心感とはどこか違う。
彼女とは「秘密の友達」という関係があるからこそ、二人だけの時間が貴重で、他の誰にも知られたくないものだと感じている。
水沢さんのことを考えると、気が引ける気持ちが湧いてくる。
「渚くん、次の授業は何だっけ?」
「えーと……たしか、数学かな」
「うわー、やだなぁ。渚くん、問題わからなかったら教えてね?」
「まあ、分かる範囲でなら」
俺がそう答えると、篠崎さんは「やったー!」と満足そうに言い、教科書を広げていた。
その明るさがまるで教室の中を照らす太陽のようで、周りのみんなも自然と笑顔になっている。
篠崎さんとのオープンな友達関係は、俺にとって新しい感覚だった。
水沢さんとの「秘密の友達」の関係とは違い、何も隠す必要がないから、純粋に友達として一緒にいる安心感がある。
……でも、一方で、やはり「水沢さんとだけ共有する特別な時間」を大切に思っている自分がいることも感じていた。
放課後になると、篠崎さんは満面の笑顔でこちらを振り返る。
「渚くん、今日は一緒に帰ろうね!」
教室を出て、篠崎さんと二人並んで歩く。
彼女は途中で見つけた小さな花や、道端の看板に興味を示して、あれこれ話しかけてくる。
何気ない話題にも、彼女の明るいエネルギーが満ちているからか、不思議と会話が弾む。心を許しやすいのか、自然に自分のことも話してしまう。
「渚くんって、案外話しやすいんだね。もっとクールで口数が少ないイメージだった!」
「そうかな……」
篠崎さんはいたずらっぽく笑って「うん、最初はそう思ってたけど、意外と話してくれるし、親しみやすいよ」と言ってきた。
彼女の明るい言葉に、気恥ずかしいような、でも不思議と嬉しいような気分になる。
『渚くんって、友達になると楽しいんだよ!』
学校で彼女が口にしていた言葉を思い出す。彼女の一言は何気ない言葉かもしれないが、何となく、心の中に少し温かいものが残る。
転校生として新しい環境で友達を増やすことに一生懸命な彼女に、こうして友達として頼られていると感じるのは、悪い気がしない。
けれど、その一方で、やはり水沢さんとの関係を思い出す。
放課後の時間や、あの公園での会話、水沢さんとだけ共有する内緒の友情が、胸の中で大切に輝いている。
彼女とは、この教室や廊下でこうして一緒にいることはないけれど、二人だけの特別な空間でしか見せない一面があるのだ。
篠崎さんといる開かれた関係とはまったく異なるもので、どちらが大切というよりも、それぞれが全く違う意味を持っている。
学校が終わって、一緒に帰った後も頭の片隅には水沢さんがいる。
自分の気持ちに戸惑いもするが、二人の関係は今のままで良いのだろうか、そう感じずにはいられない。
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