第47話 聖女様と大切な時間
学校が終わって、いつものように益山くんと待ち合わせをしている公園へ向かった。
夏休みが明けてもこうして益山くんと二人で過ごすのは変わらないけれど、なんだか以前より少し気持ちが落ち着かないことがある。
ベンチに座って待っていると、益山くんの姿が見えた。
「おまたせ水沢さん。待たせた?」
「ううん、大丈夫」
私が笑顔で答えると、益山くんもいつものように微笑みながらベンチに座った。
この時間が始まると、今日もまた楽しい時間が過ごせるんだな、とほっとする気持ちがあった。
「そういえばさ、最近クラスに転校してきた篠崎さんって子がいるんだけど、あの子、すごく明るい子で、もうクラスの人気者になってるよ。今日もいろんな人と話しててさ」
益山くんは何気ない調子でそう話し始めた。
私もその転校生のことは知っているけれど、益山くんから篠崎さんの話題が出るとは少し意外だった。
「篠崎さん、だっけ? 明るい子だよね。友達もたくさんできてるみたい」
「うん、そうそう。それでさ、昨日だったかな……篠崎さんが、俺に『友達になろう!』って言ってきたんだよ。あんなに無邪気に言われたら断る理由もなくてさ、まあ友達になった」
益山くんが言うと、私は少し胸がざわつくのを感じた。そうしていると、自然と口元がぎこちない笑顔になるのが自分でもわかる。
「……そうなんだ。篠崎さんって、本当に誰とでも仲良くなれるんだね」
私は自分の声が少し冷たくなってしまっていないか不安になりながら、努めて平静を装って返事をした。けれど、どうしてだろう。
益山くんが他の子と仲良くしている様子を想像するたびに、胸が締め付けられるような気がする。
「そうなんだよ。しかも、俺なんかにだよ?篠崎さんって、クラスでもすぐ中心になって、みんなから話しかけられてるのに」
益山くんはそう言って、どこか楽しそうに篠崎さんの話を続ける。
どうしてだろう……聞きたくないわけじゃないのに、その話が続くたびにモヤモヤした気持ちが募っていく。
「水沢さん?」
ふと気づくと、益山くんが私をじっと見ていることに気づいた。どうやら私が反応を返していないことを不思議に思ったらしい。
「……ごめん、ちょっとぼんやりしちゃって」
「なんか疲れてる?大丈夫?」
「ううん、別に疲れてるわけじゃないんだ。ただ……うまく説明できないけど」
自分の気持ちがうまく言葉にできないまま、私は視線をそらしてしまった。どうして私はこんなにもモヤモヤしているんだろう。
益山くんと話しているはずなのに、心の中で益山くんがどんどん遠くなっていくような、そんな感覚が胸を占めている。
「そっか、心配だな……。なんかあるんだったら言って欲しいんだけど……」
益山くんは特に気にする様子もなく、優しく、それでも私の目を見て真剣に言葉をかけてくれた。
──しかし私は。
「うううん、なんでもないよ」
と、そう答えた。
「そっか……ならいいんだけど……」
益山くんは私をとても気にかけてくれる。
その気にかけがありがたくもあるし、同時にどこか寂しい気もする。
私のわがままではあるけど、今私は益山くんに気持ちを聞かれても自分の気持ちを言うことは出来ない。
まずそもそも今私が彼に抱いてるこの感情を、訳の分からない感情について問われても説明することが出来ない。
もちろん彼が寄り添ってくれるのは嬉しいけれど、それに応えられない。
申し訳ないとは思いつつもわかって欲しいとも思う。これは単純に私のわがままだ。
でも自分でどんどん苦しくなってしまうのは確かだ。
早くこの気持ちに決着をつけてしまいたい。
「篠崎さんって、どんな感じの子なの?」
──そして、私はそう尋ねてしまってから、自分でも驚いた。
心のどこかで、聞きたくないと思っていたのに。
けれど、益山くんが他の人と仲良くしていることについて、どうしても気になってしまう自分がいる。
「どんな感じか……そうだなぁ、例えるなら『天然なコミュ力お化け』って感じかな。なんていうか、初対面の相手にもすごく距離が近いんだよな」
益山くんが楽しそうに篠崎さんの様子を説明するたびに、私の胸の中のモヤモヤがどんどん膨らんでいく。
それは嫉妬なのか、それとも単純に益山くんが新しい友達を作ったことに対する寂しさなのか、はっきりとした形が見えない。
やはり今の自分の気持ちを理解するのが難しい。
「水沢さん、あんまり篠崎さんのこと好きじゃない?」
「……えっ?」
不意打ちのように益山くんにそう言われて、思わず驚きの声が出た。
どうして益山くんがそんなことを聞いてくるんだろう?自分でも篠崎さんのことを好きか嫌いかなんて考えたことがなかった。
ただ……益山くんが楽しそうに篠崎さんの話をするたびに、心がざわつくのを感じていただけなのに。
「いや、なんかあんまり興味なさそうな顔してたから」
「そ、そんなことないよ。篠崎さんは、すごく明るくていい子だと思う」
焦ってそう言葉にしたけれど、どこか自分でも不自然に聞こえる。
私自身、篠崎さんに対してどういう感情を持っているのか、正直まだ整理がついていなかった。
「そっか……それならいいんだけど……」
「……そうだね」
益山くんが楽しそうに話しているのに、私はなんとも言えない気持ちで返事をした。
その気持ちが一体何なのか、はっきりとはわからない。ただ、益山くんが別の子と仲良くしていることに対して、どうしても素直に喜べない自分がいることは確かだ。
「水沢さん、何か話したいことでもあった?」
益山くんが優しく私の方を見つめている。けれど、その優しい目を見ていると、余計に胸が締め付けられるような気持ちになってしまう。
どうして私はこんなにモヤモヤしているんだろう?
「ううん、別にないよ。ただ……なんだか、ちょっとだけ寂しい気がしただけ」
「寂しい?」
益山くんが驚いたように眉を上げる。私は、その言葉が自分でも意外だった。
「うん……なんか、益山くんとこうして二人で会えるのが当たり前だと思ってたから、ちょっとだけ……」
それ以上、言葉が続けられなかった。
心の中で益山くんが他の人と仲良くしている様子が浮かんでしまい、それが私にとってどうしてこんなに辛いのか、自分でもわからない。
「そうなんだ……」
そんな私の言葉を、真剣に受け止めてくれる。
そして優しい声で益山くんは口を開いた。
「水沢さん、気持ちを教えてくれてありがとう。俺も当たり前だとは思ってるけど、篠崎さんとか他の子と学校で話す機会が増えたとしても、水沢さんとのこの時間はかけがえのないものだし、大切にしたいって思ってる」
益山くんが微笑んでくれて、その言葉に胸が少しだけほっとする。
この時間は彼にとって、大切なものだと、変わりのないものだと、しっかりそう言ってくれた。
私の心にジワーっと広がる何かを感じた。
──もしかして、私は益山くんのことが好きなのかな?
そんな疑念が一瞬頭をよぎるけれど、すぐに打ち消した。友達としての関係が楽しいだけなのだと、そう自分に言い聞かせるように。
益山くんといると自然に笑えて、心が温かくなる。それはきっと、「特別な友達」だからだと思っていた。
「これからも、こうして二人で会えるよね?」
「もちろんだよ。俺も水沢さんといるのが好きだからさ」
益山くんの言葉に、心が少しだけ安らいだ気がした。だけど、心の奥底ではまだ、彼が他の子と話す様子を見たときのモヤモヤが消えていない。
これが一体どんな感情なのか、まだはっきりと理解できないまま、私はただ彼の隣に座っていた。
いつこの気持ちを自分で整理をつけて、彼に言えるかは分からないけど、ゆっくりと、でもしっかりとこの感情に向き合っていきたいと私は決意した。
彼がこの私との時間を大切にしてくれる限り。
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