第46話 聖女様と小さな波紋
新しい学期が始まって数日が経った。
教室は相変わらず賑やかで、特に篠崎有美の周りにはいつも人だかりができている。
彼女はみんなに話しかけ、誰とでも気さくに会話を交わしていた。
自分とは違う、いわゆる「陽キャ」と呼ばれるタイプの篠崎さんが、なぜか俺にまで興味を持っている、そんな事実が不思議でならなかった。
そしてそんなある日の放課後、篠崎さんが突然俺の席までやって来た。ねぇねぇと篠崎さん。
「友達になろう!」
と、一言。満面の笑みでその言葉を言われたときには、驚きすぎて言葉が出なかった。
「友達になろう」と言われることなんてほとんどないし、ましてや篠崎さんみたいな誰とでも自然に話せるような人気者からの提案だ。
訳が分からないとは思いつつも、特に断る理由も思いつかないので「いいよ」とあっさり答えた。
「やったー! ありがとう、渚くん!」
篠崎さんは嬉しそうに大きな笑顔を浮かべた。
その笑顔には、本当に悪気や下心なんてものは一切なさそうで、ただ単純に「あなたと友達になりたい」という純粋な思いが伝わってきた。
篠崎さんとは、こうして友達になった。放課後になると、「渚くん、今日も疲れたねぇ」と声をかけてきたり、授業中でもふとした瞬間にこちらを振り返って笑ってみせたりと、篠崎さんは常に元気で、一緒にいると自然と話が弾んでいった。
ある昼休み、篠崎さんがまたも俺の席にやってきた。
「ねぇ渚、一緒にお弁当食べようよ!」
「ううん、どうしよう」
「今日だけでも!」
正直一人で食べたくはあったが、彼女の無邪気な誘いに、断りきれず俺はそのまま篠崎さんの方へと向かう。
いつの間にか呼び捨てて呼ばれていたが、なぜか篠崎さんにそうされても全然悪い気がしない。彼女のキャラクター故に、だろうか。
テーブルでは他のクラスメイトも一緒で、篠崎さんはそこでも周りと楽しげに話していた。
少しクラスメイトも俺がそこに入るとなったのはいきなりのことで驚いた様子だったが、篠崎さんのおかげでいつの間にか馴染んでいた。
そんな彼女の姿を見ていると、自分とは全く違う世界に住んでいるような気分になる。
だが、彼女はそんな俺の気持ちなんて全く気づかず、笑顔でいろんな話を振ってくれる。気づけば、俺も彼女との会話を自然に楽しんでいた。
ご飯を食べ終わると、ふと、クラスメイトの女子が俺たちに視線を向けてひそひそ話しているのに気づいた。
どうやら「篠崎さんが俺と仲良くしているのは珍しい」と思われているらしい。
俺にとっては友達として普通に接しているだけだが、篠崎さんがクラス中の人気者なだけに、周りの反応が少し気になってしまう。
******
その日の放課後、俺はいつものように水沢さんと公園で待ち合わせをしていた。
学校では話さず、放課後や休日だけ一緒に過ごす「秘密の友達」としての時間が、俺たちにとって大切なものだった。
「益山くん、今日も来てくれてありがとう!」
水沢さんはいつものように明るい笑顔で迎えてくれた。
しかし、彼女の顔をよく見ると、どこか心配そうな表情が混じっている気がした。
俺たちはベンチに座り、勉強の話や最近見た映画の話をしながら、何でもない時間を楽しんでいた。
「そういえば……篠崎さんと仲良くしてるよね」
ふと、水沢さんがぽつりと、ゆっくりと呟いた。
普段あまり話題に出ない学校のこと、それも俺と篠崎さんのことについて触れられるのは少し意外だった。
「ああ、まぁ……友達になろうって言われて、特に断る理由もなかったし」
「そっか……篠崎さんって、明るくて友達が多いよね」
水沢さんが少し俯いて寂しそうに言った。
俺はその様子を見て、何か気にしているのかと思い、彼女に尋ねてみた。
「もしかして、篠崎さんが気になる?」
「えっ? う、ううん! 別にそういうわけじゃないの。ただ……篠崎さんと学校で話せるのが、ちょっと羨ましいかなって思っただけ」
俺が尋ねたものの、水沢さんは慌てて首を振り、笑顔を作ろうとした。しかしその笑顔はどこかぎこちなかった。
俺と水沢さんの友達関係は「秘密の友達」。
だからこそ学校で気軽に話すことができない。水沢さんが本当は学校でも話したいと思っているのか、それとも「篠崎さんが羨ましい」という気持ちを抱いているのか。それははっきりとはわからなかった。
俺たちはしばらく話を続けたが、水沢さんの表情はどこか複雑なままだった。
俺が篠崎さんと仲良くしているのを気にしているようにも見えるし、そうでないようにも見える。
彼女が本当はどう思っているのか、俺にはわからなかった。
放課後に二人で過ごす時間は相変わらず楽しいけれど、少しだけ微妙な距離感が生まれてしまった気がしていた。
******
数日後、教室では篠崎さんが楽しそうに周りと話しているのを見かけた。
俺の席の近くで喋ってたから自然と俺も話の中に「渚はどう思う!?」と言われ入った形になっていた。
そうしていると、ふと教室のドアの向こうにいた水沢さんの姿が目に入った。彼女は、こちらをじっと見ているようだったが、すぐに目を逸らしてしまった。
その放課後、俺は再び公園で水沢さんと会ったが、彼女はどこか元気がない様子だった。
「益山くん……最近、篠崎さんと仲良さそうだね」
「うん、まぁ、友達だから」
俺が答えると、水沢さんは少し寂しそうに微笑んだ。
「友達……だよね。そうだよね」
彼女のその表情がなんだか痛々しくて、俺は言葉を失った。
「ごめんね、変なこと言っちゃった」
「いや、全然そんなことないよ。水沢さんは俺にとって大事な、特別な友達だし、変わらないよ」
俺はそう言って彼女を安心させようとしたが、水沢さんは少しだけ肩を落としたままだった。
彼女の心の中に、何か言いたいことがあるのかもしれないが、それを口にできないでいる様子が伝わってくる。
「……篠崎さんとは、学校でしか話さないし、俺たちの関係が変わるわけじゃない」
「うん、ありがとう。益山くんは優しいね」
水沢さんは小さく笑いながらも、どこか不安そうな目をしていた。
俺はその気持ちにどう向き合えばいいのか分からず、ただ曖昧な返事をすることしかできなかった。
こうして、俺と篠崎さん、そして水沢さんとの友人関係は、それぞれの心に小さな波紋を生み出しながらも続いていく。
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