第45話 聖女様とおにごっこ
夏休みが明け、学校が再開してしばらくが経った。
クラスに新しい生徒、篠崎さんが加わったり、クラスメイトと夏休みの出来事を話し合ったりと賑やかな日々が戻ってきて、私もそれに負けないくらい楽しい気分で過ごしていた。
でも、今の私が心から「楽しい」と感じるのは、学校での時間よりも放課後、益山くんと二人で過ごすひとときだ。
私と益山くんの関係は、他のクラスメイトには秘密だ。
けれど、放課後や休日に二人きりで過ごす時間は、今では本当に大切なもので、それが毎日の楽しみになっていることを自分でも感じていた。
放課後、益山くんといつもの公園のベンチに座っていた。
公園のベンチに座って、他愛のないことを話しながら過ごす時間が、こんなにも居心地のいいものだなんて、以前の私なら想像もしていなかった。
今日は近くの公民館で宿題をした後にここまで来ていた。
「水沢さん、今日も宿題手伝ってくれてありがとう。正直、俺ひとりじゃ到底終わらなかったと思うよ」
益山くんが照れくさそうにお礼を言う。彼は、頼りないところがあるけれど、真面目なところもあって、そういうちょっと不器用な姿が私は好きだ。
なんて、今はまだ「友達として」そう思っているつもりだった。
「ふふ、そんなことないよ。益山くんだって、がんばってるんだから。宿題くらい、ちゃんとできるよ」
私が笑いながらそう言うと、益山くんは少し照れたようにうつむく。
そんな仕草がなんだかいちいち可愛らしくて、気づけば私はくすっと笑ってしまっていた。
「何笑ってるんだよ、水沢さん」
「だって、益山くんって時々すごく真面目な顔して、でも照れるとすぐに顔を赤くするから、見てて面白いんだもん」
「……それ、俺をからかってるだろ」
そう言って益山くんがふいに私の肩を軽く叩いた。
普段なら驚いてしまうかもしれないけれど、彼といるとその軽いスキンシップが全然嫌じゃない。
むしろ、楽しくて思わず笑ってしまう。
いつの間にか、私たちは子供みたいにお互いを軽く叩き合ったり、からかい合ったりして、ふざけあっていた。
「ほら、益山くん、捕まえてみなよ!」
「おい、そっちがそう来るなら……覚悟しろよ!」
私がベンチから立ち上がって逃げると、益山くんが追いかけてくる。そんな、なんでもないふざけ合いが楽しくて、私は思わず笑いながら走った。
いつもなら人目が気になるけれど、彼と一緒にいると周りのことが気にならなくなってしまう。どうしてだろう?それが、自分でも不思議でならなかった。
ようやく走るのをやめてベンチに戻ると、益山くんも息を切らしながら私の隣に腰を下ろした。
「ふう……本当に、子供みたいなことやってるよな、俺たち」
益山くんは照れたように笑って、私の方をちらりと見る。その笑顔が眩しくて、思わず視線をそらしてしまう。
「でも、楽しかったね。こうしてふざけるのって、なんだか久しぶりな気がする、鬼ごっこなんていつぶりだろう」
「……うん、俺も。確かにいつぶりだろうね」
益山くんが静かに頷くと、私の心がふわっと温かくなった。彼といると、なんだか素直な自分でいられる気がする。
友達とふざけ合ったりするのはよくあることなんだろうけど、益山くんといると、そのみんなにとっての当たり前をすごく自然にできてしまう。
「益山くんと一緒だと、楽しいな」
ふと、自然とそんな言葉が口から出てきてしまった。
驚いたように私を見る益山くんの顔に、今度は私の方が照れてしまう。
頬が熱くなるのを感じて、すぐに視線を逸らした。
「え、あ……そう? ありがとう」
「べ、別に、そんな深い意味はないからね!」
そう慌てて言い足したものの、心の中ではどこか落ち着かない気持ちが広がっていた。
益山くんといると楽しい、心地いいと感じるのは事実だけど、それが「友達だから」だけではないような気がしてきて……。
一度そんなことを考え出してしまうと、どうしても意識せずにはいられなくなってしまう。
これって、もしかして私、益山くんのことが好きなのかな……?
だけど、それをはっきりと認めるのはまだ少し怖かった。
「ねぇ、益山くん」
「ん? どうした?」
益山くんが私を見つめると、何を言おうとしていたのか分からなくなってしまう。
それでも、彼の優しい目を見ていると、なんだか自然と気持ちが軽くなる。
「……なんでもない。今日は本当に楽しかったから、ありがとうって思っただけ」
「そっか。俺も楽しかったよ」
益山くんは穏やかな笑顔を見せてくれた。
その表情に、心がどきっとしてしまうのを感じながら、私は小さく笑った。
「益山くん、またこうして一緒に過ごそうね」
「もちろん。またここで待ってるよ」
その言葉に安心した私は、心の中で静かに微笑んだ。
この気持ちが、友達以上の何かかもしれないと気づきつつも、それを自分自身に伝える勇気はまだなかった。
だけど、彼と一緒にいると素直になれる、そんな時間が私にはかけがえのないものだと思っていることだけは確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます