第44話 転校生来たる


 新学期が始まったばかりの教室には、どこか張り詰めた独特な空気が漂っていた。

 

 長い休み明けの慌ただしさが少しずつ落ち着き始めた頃、先生が教壇に立ち、新たな知らせを告げた。


「皆、今日は転校生を紹介します。篠崎有美しのさきゆみさんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」


 そう先生が言うと、教室のドアが静かに開き、転校生こと篠崎有美が姿を現した。


 明るい笑顔とともに、彼女は教室に一歩足を踏み入れた瞬間、まるで空気が変わったかのような感覚があった。

 小柄で可愛らしい外見に、彼女の人懐っこい笑顔が一気に教室中の視線を集めた。


「こんにちは!篠崎有美です。よろしくお願いします!」


 篠崎さんの自己紹介はシンプルであったが、その声の明るさは教室の雰囲気を一瞬で変えてしまった。

 クラス全員が彼女を見つめ、笑顔で応じた。

 そして朝のホームルームが終わるや否や、 すぐにクラスの女子たちが彼女の周りに集まり、質問攻めにする。


「有美ちゃん、こっち座って!」


「どこから転校してきたの?」


 篠崎さんは誰に対しても物怖じせず、ニコニコと笑顔を絶やさずに対応している。

 あっという間に彼女は教室の中心人物となっていった。


 俺──益山渚は、その様子を教室の後ろの席から静かに見ていた。

 彼女がすぐにクラスの人気者になるだろうということは、最初の自己紹介の一言で分かった。

 声のトーンや喋り方、そして何よりも彼女のその笑顔が周りの人を否が応でも惹き付ける。


 俺とは正反対の存在だ。

 クラスの中心にいるわけでもなく、いつも目立たないように過ごしている俺にとって、篠崎さんのようなタイプは遠い世界の住人に思えた。


 授業が始まり、教室のざわつきも落ち着いてきたが、篠崎さんは引き続きクラスの注目の的だった。

 彼女が笑うたびに教室が明るくなり、クラスメイトたちの輪が彼女を中心に広がっていくのが感じられ

 た。そんな光景を、俺は静かに見守っていた。


「なんだか賑やかになったな……」


 休み時間に入ると、再び篠崎さんの周りには人だかりができていた。


 彼女は転校生という特別な立場を最大限に生かして、誰とでも親しげに話していた。

 クラスの皆が次々と彼女と友達になっていく様子を眺めながら、俺は特にそれ以上の関心を抱くこともなく、自分の席でノートに向かっていた。


 しかし、ふと気がつくと、篠崎さんがこちらをじっと見ていることに気づいた。何か話しかけたそうな表情をしている。


「……渚くん、だよね?」


 突然、自分の名前を呼ばれて驚いた。

 教室の隅にいた俺に、まさか彼女が話しかけてくるとは思わなかった。


「う、うん。そうだけど……」


「さっきから見てたけど、あんまり話してないよね?どうして?」


 ……よくそんなこと聞けるな。そんなことを思った。

 

 しかし、篠崎さんはそんな風に無邪気な笑顔で話しかけてきた。

 その距離感の近さに、俺は戸惑いを隠せなかった。今、クラスの中心にいる彼女が、どうして俺に興味を持ったのだろうか。


「いや、別に……あまり騒がしいのは得意じゃないから」


「そうなんだ。でもさ、なんだかクールでかっこいい感じだよね。周りに流されない感じって、私は好きだな」


 篠崎さんはさらりとそんなことを言うものだから、俺は思わず言葉に詰まってしまった。

 彼女の言葉は軽いお世辞に聞こえるかもしれないが、彼女の表情は本当に楽しそうだった。


「いや、俺はただ静かにしているだけで……別にそんなことないよ」


「ふふ、そうかな。でもそういうのもいいと思うよ。ねぇ、今度一緒に話しようよ!」


「……えっ?」


 俺は驚いて思わず声を上げた。

 こんな風に突然誘われるなんて、予想だにしていなかった。


「今度、教室でお話ししようってことだよ。すぐには無理かもしれないけど、きっと楽しいと思う!」


 篠崎さんはそう言って、また明るい笑顔を見せてくれた。その笑顔は、とても眩しかった。

 そしてそのまま、彼女は他のクラスメイトたちの元へと戻っていった。


 教室の中で、再び彼女を中心にした輪が広がっていく。

 だが、その輪の中にいる彼女が、俺に話しかけてきたという事実が、どこか信じられなかった。


「一緒に話す、か……」


 彼女が一躍、クラスの中心人物になっていく中で、自分がその輪に入ることになるなんて思ってもみなかった。

 けれど、篠崎さんはさっきの様子から見るに、確かに俺に興味を持っているようだった。


 授業が終わり、放課後になると、篠崎さんはすぐにクラスメイトたちに囲まれながら帰っていった。


 俺はその後ろ姿をぼーっと見送りながら、彼女がどれだけ周囲を引きつける力を持っているのかを改めて感じていた。


 篠崎さんという存在が、これから俺の日常にどう関わってくるのかはまだ分からない。


「……どうなるんだろうな、これから」


 そう呟きながら、俺は教室を出た。

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