第五章 新学期、転校生

第43話 聖女様と変わった距離

 長いようで短かった夏休みは終わり、高校が再び始まった。

 俺と水沢さんは以前のすれ違いを無事に乗り越え、再び元の「友達」としての時間を過ごすようになっていた。

 あの手紙を受け取った日から、俺と水沢さんの関係からはぎこちなさが消え、より自然で気兼ねのないものに戻った気がする。


 ──しかし、最近ちょっとした変化が起きているのを感じていた。


「益山くん、こっちこっち!」


 今日は夏休みが終わって、学校の初日。

 半日登校の日だった。学校に行き、簡単なホームルームなどをこなした。


 そして直ぐに本格的な授業などはなく学校は終わり、俺と水沢さんはいつもの公園のベンチへと集合した。


 彼女はいつもの場所で待っていて、無邪気な笑顔を浮かべている。俺は軽く手を挙げて応え、足を速めた。


「遅くなってごめん。ちょっと家の手伝いが長引いちゃって」


「ううん、大丈夫! でも、待ってる間ちょっとだけ退屈だったかも」


 彼女がそう言いながら、笑顔を浮かべて肩を軽く叩いてくる。

 水沢さんのこの軽いスキンシップが、最近どうにも俺の心をざわつかせていた。

 以前はあまり気にしていなかったけど、あの一件以来数日間、なんだか距離が近く感じる。


「そ、そうか……待たせちゃったね」


「ふふっ、気にしないで。こうして益山くんと会えるだけで私は嬉しいから」


 そう言う水沢さんは、何気なく俺の隣に座り、いつもより少しだけ距離が近い。彼女は全く意識していないようだが、その度に俺は妙にドキドキしてしまう。


「最近、なんだか暑くなってきたね。夏休みが終わる頃にはもっと暑くなるのかな……」


 水沢さんがそんな話をしながら、俺の肩に手を軽く乗せた。

 ほんの一瞬の接触だったけど、俺は思わず身体が硬直してしまった。

 何だこれ? こんなことで緊張するなんて、俺はどうかしているのかもしれない。心無しか心臓の鼓動が早い。


「う、うん、確かに暑くなってきたね」


「でもね、こうして益山くんと話していると、あまり暑さも気にならないよ。楽しいからかな?」


 水沢さんは楽しそうに笑いながら言ったが、その言葉がますます俺を困惑させる。

 彼女にとって、これはただの「友達として」の距離なのかもしれない。

 ……だけど、俺の方はどうしてもそれ以上の感情が湧いてきてしまう。


 なんでこんなにドキドキしているんだろう。

 水沢さんは、全く気にしていない様子で話を続けている。俺が一人で勝手に意識しすぎているだけなのか?


「ねぇ益山くん、今度さ、またどこかに遊びに行こうよ! この前行った映画、すごく楽しかったから、他にも観たい映画があるんだ」


「映画か……いいね。でも、その前に宿題とかちゃんと終わらせないとだぞ?」


「えー、もうそんな話するの?」


 水沢さんがふくれっ面をして見せる。その顔が少し子供っぽくて、思わず笑ってしまう。


「ちゃんと宿題やらないと、先生に怒られるぞ」


「分かってるってば! なんか益山くんお母さんみたいだ。ちゃんとやるから……その時は、益山くんも手伝ってね?」


「はは、まぁ手伝える範囲なら」


 軽く冗談を言い合っていると、水沢さんが少しだけ体を寄せてきた。

 彼女は全然気にしていない風だが、そのさりげないスキンシップに俺の心臓はますます早くなっていく。


「でも、本当に益山くんには感謝してるんだ。最近は、友達としてすごく自然に接することができてる気がするし、なんだか安心感があるの」


「そ、そうかな……」


 俺はぎこちなく答えながら、彼女が言った「友達」という言葉を頭の中で反芻していた。

 確かに、俺たちは友達なんだ。

 けれど、最近はどうもその枠を超えそうな感情が湧いてきている気がする。


「──ねぇ、益山くん、聞いてる?」


「え、ああ、聞いてるよ。何だっけ?」


「もう、ぼーっとしちゃって。今度、遊びに行く時のことだよ!」


 水沢さんが頬を膨らませて小さく笑う。

 いちいちその彼女の仕草が可愛らしい。


 そんな彼女を見ていると、どうしても心が落ち着かない。俺はこの気持ちをどうすればいいのか、自分でも分からなくなっていた。


 彼女にとっては、これが「普通の友達としての関係」なのかもしれない。

 俺が勝手に意識しすぎているだけなのかもしれないけど……。


「ごめん、ちょっとぼーっとしてたかも。で、今度はどこに行こうか?」


「んー、どこがいいかなぁ。海とかも楽しそうだけど、プールもいいよね。遊園地もまた行きたいし……あ、そうだ! お祭りもまた行きたいなぁ!」


 さすがに気が早すぎる気もするが、俺の「来年また行けばいい」の言葉を受けた水沢さんは、夏休みの想像に忙しいようだ。


 水沢さんは目を輝かせながら話を続けている。

 彼女の楽しそうな顔を見ると、俺も自然と笑顔になってしまう。けど、その一方で、この距離感に対する戸惑いがどんどん大きくなっていた。


「ねぇ、益山くんも行きたいところある?」


「うーん……水沢さんが行きたいところに合わせるよ」


「ほんと? じゃあ、絶対いろんなところ一緒に行こうね!」


 そんな軽やかなやり取りの中、俺は自分の心が何に向かっているのか分からなくなっていた。

 友達としての関係を大切にしたい。でも、最近のこの距離感……俺はどうすればいいんだろう?


 水沢さんは俺の隣で何も気にしていない様子で笑っている。

 だけど、俺の中では確実に何かが変わり始めていた。





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第五章です、お待たせしました!


今後、お話が出来次第投稿していく予定です、よろしければお付き合い下さい!

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