第42話 聖女様と仲直り


 夏休みも終わりが近づき、蝉の声が少しずつ弱まり始めたある日、俺は水沢さんに呼び出された。


 場所はいつもの公園。だけど、ここ最近のぎこちない関係のせいで、公園に行く足取りは重かった。


 俺も水沢さんと会って話さないと行けないと心のどこかでずっと思いながらもその言葉を口にすることは出来なかった。

 女の子にその役を押し付けてしまうなんて、とんだへたれ野郎だ。


「どうしてこんなことになったんだろう……」


 水沢さんと過ごした楽しい時間が、まるで遠い昔のことのように感じられる。


 俺たちは確かに友達だった。

 でも、あの喧嘩をきっかけに、俺は自分が彼女にとって特別じゃないんだと感じて、距離を置くようになってしまった。


 友達として水沢さんが他の人とも遊ぶのは普通のことだ。

 むしろそれは喜ばしいことなのだと思う。


 そんなことは頭ではわかっているのに、心がどうしても納得してくれなかった。

 水沢さんのSNSに上がる楽しそうな写真を見るたびに、俺は自分がただの「友達」以上にはなれないんだと思い知らされていた。


 本当はそれだけでそんなふうに思う必要なんてないのに。

 それも分かっていたが、心の片隅にいるもう一人の自分がそれを許してくれなかった。


 そんな重い心を引きずりながら公園に着くと、水沢さんはいつものベンチに座っていた。


 だけど、その姿はいつもと違ってどこか不安げだった。


 俺は近づくと、声をかけるべきか迷いながらも、無言で隣に座った。


「益山くん……」


 水沢さんが静かに俺の名前を呼んだ。


 声に緊張が混じっているのがわかる。

 俺はその声に返事をするのが怖くて、ただうなずくだけで何も言えなかった。


 しばらく沈黙が続く。


 蝉の声だけがやけに大きく聞こえる中、水沢さんが小さな封筒を俺の方に差し出してきた。


「──あのっ!」


 突然の大きな声にびっくりしながらも俺は水沢さんの方に向き直る。


「これ、読んでほしいの」


 俺は驚きながらもその手紙を受け取った。


 水沢さんの顔を見ると、真剣な眼差しが俺を捉えていた。


 何が書かれているのかはわからないが、彼女にとって大事なことが書かれていることは、その表情から伝わってきた。


「……私の本当の気持ちが書いてあるから、後でいいから、読んでみて」


 水沢さんはそう言って、少し笑ったように見えた。

 その笑顔が、なんだかとても切なくて、胸が痛くなる。


 俺は手紙を受け取り、軽くうなずいた。


「今読んでもいい?」


 そう尋ねると水沢さんは少し顔を赤くしつつも、俯きながら、うん……と呟いた。

 

 確かに、自分の書いた手紙を目の前で読まれて自分がそのリアクションを見る、というのも恐らくとても緊張するし、抵抗のあることだろう。


 俺は水沢さんから貰った手紙を読み始めた。


「「…………」」


 俺が手紙を読んでいる間、二人の間に沈黙の時間が流れる。


 手紙には、最近俺と水沢さんの間に距離ができてしまいそれが悲しかったこと。

 そして水沢さんにとって俺がただの友達ではなくて、友達以上のただの友達では無い特別な友達なんだよ、ということが書かれていた。


 俺は欲張りなのだと思うけど、水沢さんが俺の事をただの友達では無い特別な何かとして感じてくれている、というそう言う確証が欲しかったんだと思う。

 

 俺は水沢さんが書いてくれた手紙を読み終えて水沢さんに向き合った。

 水沢さんの顔を見るとなんだか嬉しくて、それでも今まで勝手に嫉妬してた自分に嫌気がさして、さらに水沢さんに申し訳なくて、感情がぐちゃぐちゃになって思わず涙が滲んだ。


「……水沢さん」


「……」


 水沢さんは返事をする訳でもなく優しく微笑んで続きを促してくれる。

 彼女の優しさを感じた。俺はゆっくりと口を開く。

 

 

「……ごめん。俺……ずっと勘違いしてたんだと思う」


 声が震えた。

 自分の中のモヤモヤが一気に溢れ出してくる感覚がした。

 水沢さんが俺にどれだけ優しく接してくれていたか、どれだけ大切にしてくれていたか、今さらながらにわかる。

 そして俺は今までの気持ちを全て水沢さんに伝えることにした。懺悔するかのように。

 

 そして伝えることで、もう一度また二人で笑えるようになるために俺は重たい口を開いた。

 

「俺……嫉妬してたんだ。水沢さんが他の友達と楽しそうにしてるのを見て、俺なんて必要ないんだって思って……。でも、心の中で本当はそんなことないんだってわかってた。でもそう思うのは止められなくて……でも俺が勝手にそう思い込んでただけだったんだ。全く水沢さんは悪くない……ごめん」


 水沢さんは静かに俺の言葉を聞いていた。そして、少し涙を浮かべながら、優しく微笑んだ。


「いや。そんなことは無いよ。私も……気づかなくてごめんね。益山くんがそんな風に感じていたなんて、全然わからなかった。私……益山くんのことが本当に大切だから、こんなふうにすれ違ってしまって、本当に悲しかった。友達のことだから、一番仲が良い益山くんのことだからさ、もっと益山くんのこと分かる、理解できるんだって勝手に思ってた……。でも出来てなかったね」


 そう言って自嘲気味に笑う水沢さん。

 その笑顔を見て俺の胸が締めつけられる。彼女も同じように悩んでいたんだ。俺だけじゃなかったんだ。


「俺も……水沢さんともっとちゃんと向き合いたかった。連絡しなきゃって思ってた……でも、怖くて逃げてた。ごめん……いや、こうやって機会を設けてくれてありがとう」


 ごめんだけじゃないな、そう思って俺はありがとうを伝えた。彼女のおかげでこうやって話す機会が出来た。感謝しかない。

 

 俺がそう言うと、水沢さんは涙をこぼしながらも、微笑んでいた。


「うん、大丈夫だよ。私もそうだったから。益山くんが私にとって特別な存在なんだって、今回のことですごく実感したの。友達として、いや、それ以上に大事な特別な人なんだって気づいた。だから……もう一度、ちゃんと向き合いたい」


 水沢さんのその言葉に、俺は胸が熱くなった。これまでのすれ違いも、誤解も、全部が小さなことに思えた。


「……俺もだよ。もう二度と、こんな風になりたくない」


 そう言った瞬間、涙が自然とこぼれ落ちた。


 水沢さんも同じように涙を流していて、俺たちはお互いにただ、泣きながら謝り合った。


「ごめん……」


「私も、ごめん……」


 何度も何度も謝って、ようやく俺たちは心からわかり合えた気がした。


「これからも、ずっと一緒にいたい」


 そして水沢さんそう言って、俺の手をそっと握った。

 

 その手のぬくもりが、今まで感じていた不安や孤独を一瞬で吹き飛ばした。


「俺も、ずっと一緒にいたい。友達として……いや、ただの友達以上の存在として」


 そう言うと、水沢さんは深く頷いてくれた。


 それから二人してみっともなく公園で泣いた。

 幸いにも公園には誰も来なかった。

 だから大丈夫……だったと思う。


 そして二人泣き終わると、水沢さんが口を開いた。


「二人とも顔ぐちゃぐちゃだね」


「そうだね」


 そう言って笑いあった。

 

 そんなふたりの笑顔にはさっきまでの暗くて重たい、まとわりつくような雰囲気はなく、清々しく明るい雰囲気が流れていた。


「結局夏休み、思ってた場所行けなかったね……プールも映画も……」


 そして水沢さんが少し寂しそうに呟いた。

 

 俺たちは約10日間友達としての空白の期間を置いた結果、夏休み前に立てていた計画通りのようなことはほとんど出来なかった。

 それでも俺は水沢さんを安心させてあげるように微笑んだ。


「それはたしかにちょっと悲しい。でもまた来年行けばいい」


「……!」


 その俺の言葉を聞いた水沢さんはパッと顔を明るくしてニッコリ微笑んだ。


「うん! 来年の夏休み絶対行こうね!」


 そう言って笑う水沢さんの笑顔は今まで見てきた彼女の笑顔の中で一番綺麗で、一番輝いていたと思う。


 ──俺たちはこうして、もう一度友情を再確認した。


 そしてそれは、ただの友情を超えた、特別な絆へと変わっていくのを俺は、俺たち二人は感じていた。






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 これにて夏休み編終わりです、ここまで読んで頂きありがとうございました!

 もし気に入って頂けたら、作品のフォロー、コメント、ハート、星いただけると作者の励みになりとても嬉しいです!


 続きについてですが、とりあえず一区切りが付いて、まだ次の章の内容を練っている最中なのでまだもう少し時間はかかってしまいますが、続きを待っていただけると幸いです。

 また次の章でお会いしましょう!

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