第41話 聖女様とありのままの気持ち
羽音は、部屋の中で一人ベッドに腰掛け、静かに息をついた。窓から差し込む夏の柔らかい夕日が部屋を暖かく照らしている。
けれど、その光が穏やかであるほど、心の奥底には複雑な影が落ちていた。
渚とぎくしゃくしたままであることが、羽音の心に深い後悔と寂しさを刻んでいる。
「どうして、あんなことをしてしまったんだろう……」
渚と喧嘩してしまった日、自分でも驚くほど感情的に、思ってもみなかった言葉を投げかけてしまった。
そしてあっちの話も聞かずに決めつけて帰ってしまった。
渚が自分から離れていってしまうのではないかという不安が、いつの間にかその言葉の奥底にあったことに、ようやく気がついた。
それはただの「友達」に対する不安や寂しさではなかった。渚のことを「特別な友達」として見ている自分の気持ちに気づいた瞬間、羽音の胸は不思議な痛みで締め付けられた。
「私にとって渚は、ただの友達じゃない…もっと特別な存在だったんだ…」
自分が渚にとって大切な存在であるかどうか、それを確かめるために、心の中で渚の存在を何度も探り、答えを見つけようとしていた。
ふと、目に留まったのは机の上に置かれた白いノートだった。
無意識にそれを手に取ると、羽音はペンを握りしめ、深く息を吸った。
そして、心に浮かんだ思いを、ありのままの言葉で綴ってみようと、そっとページを開いた。
『益山くんへ
最近、私たちの間に少し距離ができてしまって、私はすごく悲しい気持ちになっていました。益山くんが私にとってどれだけ大切な存在か、これまであまりちゃんと伝えられていなかったことに気づきました。ごめんね。
最初は、私はただ友達が欲しいと思っていた。でも、益山と一緒にいると、ただの友達以上の感情を抱いていることに気づきました。益山くんは私にとって特別な友達で、ただの友達じゃないんです。益山くんがそばにいると、安心して、心が温かくなるんです。
このまま距離を置いたままでいたくない。もう一度、あの楽しかった時間を取り戻したいし、益山くんとちゃんと向き合いたい。
もし、益山くんも同じ気持ちなら、また一緒に特別な友達として仲良く過ごしたいです。
水沢羽音より』
ペンが止まると、羽音は深く息をついた。
短い手紙だったけれど、そこには自分の素直な気持ちが詰まっていた。
自分が渚に対して持っているのは、ただの友達としての感情ではない。
渚がそばにいるときだけ感じる他の人といる時には感じない温かさ、心の奥から湧き上がる安心感……それは自分にとってかけがえのないものだった。
「この手紙を渡したら、益山くんはどう思うかな……」
ふと、そんな不安が頭をよぎる。
けれど、渚に自分の気持ちを伝えられずにこのまま終わってしまうのは、もっと怖かった。
心の底から「友達以上の何か」として渚と一緒にいたい、そう思ったからこそ、この手紙を託そうと決心したのだ。
手紙を書き終えると、羽音はそれを丁寧に折りたたみ、封筒にそっと入れた。
「これを益山くんに渡そう」
その言葉を胸に刻み込みながら、少し緊張した表情で封を閉じた。
******
「ふぅ……よしっ」
そして、夏休みが残りわずかとなった頃、羽音は渚に意を決してメッセージを送り、公園で会おうと伝えた。
最近使われることは無かった渚とのメール。
今まで連絡せずにいきなりこうやって連絡するのも少し気が引けたが、そんなことを思っていては本当にこのままでは私と益山くんの関係が終わってしまう、そう思ったのだ。
画面には短い返事が返ってきたが、そこには渚のいつもの優しさや穏やかさ、のようなものが少し感じられた気がした。
「大丈夫、きっと話せば、また元通りになれるはず……」
羽音はそう自分に言い聞かせながら、少し緊張した面持ちで、公園へと向かった。
いつもの公園にたどり着くと、ベンチにはすでに渚が座っていた。
しかしその表情には、少し硬さが見えた。
羽音は静かに渚の隣に座り、しばらく言葉を選んでいたが、思い切って口を開いた。
「益山くん、今日は来てくれてありがとう」
渚はわずかに羽音の方を見たが、言葉は発さず、目をそらしたままだった。
そんな彼の態度に、羽音の胸が少しだけ痛んだ。
しかし、彼女は心に決めたことがあった。自分の気持ちを素直に伝えること。
そのために、ありのままの自分の気持ちを記したこの手紙を書いたのだから。
「これ……読んでほしいの」
渚に、ずっとポケットの中に入れていた手紙を差し出した。
彼は驚いたように羽音の顔を見たが、その手をそっと伸ばし、手紙を受け取った。
羽音は、その瞳に自分の気持ちを込めて微笑んだ。
「私の本当の気持ちが、ここに全部書いてあるから……読んでほしい」
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