第39話 聖女様と遠ざかる背中


 数日後。

 俺と水沢さんの間に漂っていた微妙な空気が、ついに限界を迎える時がやってきてしまった。


 その日は、いつもの公園に二人で集まった。


 けれど、俺はここ最近ずっと抱えていたモヤモヤを解消できないまま、気まずさを感じながら座っていた。


 水沢さんも、そんな俺のせいでどこか緊張した表情を浮かべている。

 お互いに何も言わず、ただ無言で時間が過ぎる。

 前までは笑顔の絶えない二人だったのに、いつからこんな風になってしまったのだろう。


「……益山くん、最近なんか変だよね。」


 不意に、隣に座っていた水沢さんがポツリと言った。


 俺は心臓が跳ね上がるのを感じた。

 やっぱり気づかれていたのか。……まぁあんだけ変なムーブかまして置いて気付かない方がおかしいか。

 けれど、俺はまたいつものようにごまかそうと、口を開こうとした。


「いや、別に……」


「──嘘だよ!」


 水沢さんの声が大きくなる。

 いきなりの大きな声、そして彼女の今までになかった鬼気迫る表情に俺はうろたえるしか無かった。

 

 彼女の目には不安と焦りが混じっているのがはっきりと見えた。


「どうして最近、そんなに冷たいの?私、何か悪いことした?」


 その言葉に、俺は胸が締め付けられる。


 水沢さんは悪くない。全部、俺の心が勝手に作り出した感情だ。


 彼女はただ他の友達と遊んでいるだけなのに、俺が嫉妬して、勝手に距離を置こうとしているだけだ。


「……別に、冷たくしてるつもりなんかないよ……」


 ……そう言う俺の言葉は後ろに行くにつれてどんどん小さくなって言った。

 水沢さんは続きの俺の言葉を待っている。

 けれど、俺は何を言えばいいのかわからない。心の中で葛藤が続く。


「益山くん、だったら……どうして?」


 水沢さんの声が震えていた。彼女は俺に本音を聞きたがっている。それがわかる。けれど、言いたくない。


 そんな嫉妬じみた感情をぶつけるのが恥ずかしい。だけど、もう隠し続けることもできなかった。


「……水沢さんさ、最近他の友達と楽しそうにしてたじゃん。」


 俺はつい、そう言ってしまった。心の中にあった嫉妬心が、口を突いて出てきた。

 水沢さんの表情が一瞬固まる。


「え……?」


「俺なんか、もう必要ないんだろ?他の友達とばっかり遊んで、俺なんてもういらないんじゃないかって……」


 今まで思ってた気持ちをそのまま言葉にした瞬間、自分の声がどれほど弱くて惨めに響いているか、嫌というほど理解した。

 でも、それを止められなかった。嫉妬と不安が、俺を突き動かしていた。


 今まで貯め続けていたモヤモヤを口に出せば少しは解消される、そんなことを期待していたが全くそんなことは無かった。

 むしろ胸の中のモヤモヤは増すばかりだ。


「益山くん……」


 水沢さんは、驚いたような目で俺を見つめている。


 何かを言いかけているが、言葉が出てこない。

 彼女の目が、俺を見て悲しそうに揺れているのが見えた。


「俺だって、ずっと一緒にいたいと思ってたけどさ。最近は他の友達とばかりだし、なんかさ、もう俺なんかどうでもいいんだよね……?」


 そう言いながら、自分がどれだけ彼女を傷つけているかがわかってきた。

 けれど、もう止められなかった。


 俺のそんな哀れな言葉を聞いて、水沢さんは、ゆっくりと目を伏せた。

 俺の言葉が彼女を深く傷つけたのは明らかだった。


「……そんなこと、思ったことないよ」


 水沢さんが今にでも消えてしまいそうな小さな声で、そう呟いた。

 

「私、そんな風に思ってないよ……。益山くんは私にとって特別な……」


「……特別?そんなの信じられないよ。俺だって、ただの代わりなんじゃないの?」


「……もういい」


 言い終わると同時に、水沢さんは俯き、そのまま振り返って公園の出口に向かって歩き出した。

 俺は一瞬、何が起きているのか理解できなかった。


「……待って、どこに行くんだよ。」


 俺が声をかけると、水沢さんは立ち止まったが、こちらを振り返らなかった。

 そして、小さな声で呟いた。


「……もう、話すことなんてないでしょ。」


 そのまま、水沢さんは走り去ってしまった。

 俺は、ただ彼女の背中を見つめるしかなかった。胸の奥がズキズキと痛み、言葉にならない感情が込み上げてくる。


「……何やってんだ、俺……」


 自分で言った言葉が彼女をどれだけ傷つけたのか、ようやく理解した。

 でも、もう遅かった。もう俺の唯一の友達の背中はどこかへと行ってしまった。

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