第36話 聖女様としっと

 俺の家で水沢さんと遊んだ次の週、夏休みもを過ぎた頃。俺は夕方公園で水沢さんと過ごしていた。

 澄んだ青空に木々の葉が揺れ、蝉の鳴き声が響く中で、俺たちは二人でまったりと話していた。

 夕方とはいえ夏なので少し汗ばむが日がないためまだ大丈夫だ。


 そしておしゃべりしていると水沢さんがこんなことをぽつりと言った。


「──ねぇ、益山くん。今度、クラスの子たちと一緒に遊ぶことになったんだ」


 水沢さんは嬉しそう、楽しそうにそう言った。しかしその瞬間、俺の中で何かがピキリとひび割れたような気がした。


 彼女の口から「クラスメイトと遊ぶ」という言葉が出てきたのは、これが初めてだった。


 今までずっと俺たち二人で過ごしてきた夏休み。


 たくさん会っていたし、友達としての時間を大切にしてきた。


 だからこそ、その言葉がなんだか意外で、心に小さな刺が刺さったような感覚を覚えた。


「そうなんだ。誰と遊ぶの?」


 そんな俺のなんとも言えない気持ちを悟られないように、できるだけ平静を装ってそう尋ねた。


 俺は友達だし、彼女が他のクラスメイトと遊ぶのは当然だと思っている。


 友達だからこそ、他の人と遊ぶ時間だって大事だ。

 ……そう思ってはいるのだが、心の奥底では不安や嫉妬のような感情がじわじわと湧き上がってくるのを感じていた。


「クラスの女子たちとだよ。みんなで遊園地に行くことになって、すっごく楽しみ!友達と遊ぶってこんなにワクワクするんだね」


 水沢さんの無邪気な笑顔が、今は少し眩しく見えた。


 俺は彼女のその言葉に反応しようとしたけれど、喉が詰まったようにうまく言葉が出てこない。


 胸の中が重くなり、まるで大きな石が乗っているかのような感覚だ。


「へぇ、いいね。楽しんできなよ」


 なんとか返した言葉は、驚くほど薄っぺらく、自分でも感情がこもっていないことが分かった。


 水沢さんにとっては、普通の友達としての付き合いなんだろう。


 そう、俺と水沢さんは普通の友達。

 普通の友達なら、こうして他の友達ともその友達が遊ぶ、そんなことはあって当たり前だ。

 それが俺にとってはなんだか少しだけ寂しいだけなんだ。


──しかし、俺にとって、水沢さんは特別だ。でも、俺は彼女にとって特別なのだろうか?


 いきなり出てきてしまったそんな疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 いつも彼女と一緒に過ごす時間が特別だと感じていたけれど、それは俺だけがそう思っているのかもしれない。

 彼女にとって俺は、ただのクラスメイト、ただの友達でしかないのかもしれない。


 そう思うと、なんだか自分が情けなく惨めに感じてきてしまった。


「──益山くん?」


 ふと、水沢さんの声が聞こえた。彼女が不思議そうな顔でこちらを見ている。

 どうやら、俺が黙り込んでしまっていたことに気づいたらしい。


「ん? ああ、ごめん。ちょっと考え事してた」


「大丈夫?元気ないように見えるけど……」


 心配そうな顔をする水沢さんに対して、俺は無理に笑顔を作りながら首を振った。


「いや、全然大丈夫だよ」


「そっか、ならいいけど!」


 水沢さんは微笑みながらそう言ったけれど、その笑顔がなんだか遠い存在に感じられた。


 彼女にとって、俺は本当に特別な存在なんだろうか。

 もしかしたら今まで過ごしてきた時間が特別だと思っていたのは、俺だけだったのかもしれない。


 心の中では不安がどんどん大きくなっていた。水沢さんは俺と一緒に過ごすことを楽しんでくれている。


 でも、それが他のクラスメイトと過ごす時間と何が違うのか、俺には分からなかった。


 その後も、俺たちはいつものように話をしていたが、頭の中ではずっとモヤモヤが消えないままだった。


 水沢さんが他の友達と過ごす時間を想像するだけで、心がチクチクと痛む。

 彼女が笑顔でクラスメイトたちと過ごす姿を思い浮かべると、なんだか自分が取り残されているような気分になってしまう。


「じゃあ、またね」


 いつもと変わらず、笑顔で手を振って帰る水沢さんを見送る俺は、その日ばかりはいつもとは違う感情を抱えていた。


 ──俺は、水沢さんにとって本当に特別な友達なんだろうか?


 そんな疑問が、俺の心に根を下ろしていくのを感じながら、俺は一人、夕暮れの公園を後にした。

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