第32話 聖女様と家庭訪問

 日曜日の朝、いつもなら少し遅めに起きるところだが、今日は違った。


 緊張と期待で目覚めが早く、気がつけば部屋の掃除を始めていた。


 昨日のうちにある程度片付けていたとはいえ、水沢さんが来るとなると、もう少し綺麗にしておかないと落ち着かない。


「……まあ、部屋はこんなもんでいいか」


 机の上を整えて、ベッドに置いてあったクッションをきちんと並べる。


 ──ふと時計を見ると、約束の時間まであと30分。


「緊張してもしょうがない、ただの友達が遊びに来るだけだって……」


 何度も自分にそう言い聞かせるものの、心のどこかでソワソワしている。


 だって相手は水沢さんだ。同じクラスの女の子が家に来るなんて初めてのことだし、しかもそれが「聖女様」と呼ばれている彼女だからなおさらだ。


 ──ピンポーン。


「えっ、もう来た……!?」


 インターホンが鳴り、心臓が跳ね上がる。急いで玄関に向かうと、案の定そこには水沢さんの姿があった。今日はいつもよりカジュアルな服装で、なんだか新鮮な感じがする。


「こんにちは、益山くん!今日はお邪魔します!」


 水沢さんはいつもの明るい笑顔で挨拶してくれた。それを見て少し緊張がほぐれる。


「よ、ようこそ……まあ、入って」


「ありがとう!」


 水沢さんが玄関に足を踏み入れると、母さんの声が響いた。


「あら!あなたが水沢さん!初めまして、渚の母です!今日は来てくれてありがとうね!」


「初めまして!お邪魔します!」


 水沢さんが丁寧に挨拶をすると、母さんはさらに嬉しそうな顔をした。


「まあまあ、どうぞどうぞ!お菓子とか用意してあるから、遠慮せずに食べてね!それと、渚があんまり意地悪しないように、何かあったらすぐに私に言ってね!」


「ちょ、ちょっと母さん、恥ずかしいからやめてよ……」


「なに言ってるの、せっかく女の子が来てくれたんだから、おもてなしは大事でしょ?」


 そしてお母さんは少し声を小さくして、


「渚、やるじゃない、いきなり友達を連れてくるっていたと思ったらこんな美人さん引っ掛けて……」


 お、お母さんめ。余計なことを言うなっ!

 お母さんが更に何を言い出すかビクビクしてたその時、今度は姉の海月がリビングから出てきた。


「おお、これが例の水沢さんね!どうもどうも、渚の姉の海月です!」


「お姉さん、初めまして!今日はよろしくお願いします!」


 水沢さんが丁寧に挨拶をすると、姉はニヤリと笑って俺を見た。


「へえ、やっぱり可愛い子じゃん。渚、頑張ってるじゃんね」


「頑張ってるって何がだよ!余計なこと言わないでくれ!」


「だってさぁ、女の子の友達を家に呼ぶなんて、なかなか渚にしては成長したなって思ってさ!」


 姉ちゃんが俺をからかうように言いながら肩を叩いてくる。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、必死に抗議する。

 水沢さんの方を見ると姉ちゃんに可愛いと言われたからか少し照れた様子だった。


「もう、いい加減にしてくれよ!今日はただの友達が遊びに来ただけなんだから!」


 母さんと姉の二人が盛り上がっている中、水沢さんは少し笑いながらも、俺たちのやり取りを見ていた。


 ようやく母さんと姉ちゃんの騒ぎが収まったところで、俺は水沢さんを自分の部屋へと案内した。

 扉を閉めて、二人きりになると、俺は思わず謝った。


「ごめんね、水沢さん。母さんと姉ちゃんがあんな風に騒いじゃって……」


 しかし、水沢さんは笑顔で首を振った。


「全然気にしてないよ!むしろ、益山くんの家族って仲良くて素敵だね。お母さんもお姉さんも明るくて、すごく温かい雰囲気があるし」


「そ、そうかな……?」


「うん、すごくいいことだと思うよ!なんだか、ちょっと羨ましいなって思っちゃった」


 そう言って、水沢さんは優しく微笑んだ。その言葉に、少し安心した俺は、照れくさそうに頭をかく。


「ありがとう。まあ、俺は時々うるさいなって思うけどね」


「ふふ、でも楽しそうだよ!」


 水沢さんがそう言うと、俺たちは自然と笑い合った。

 

「あ、そうだ。お母さんが作ったお菓子があるんだけど、食べる?」


「うん、ぜひ!」


 俺は部屋の隅に置いてあったお菓子の皿を取り出し、二人で分け合って食べることにした。


 まぁ、母さんや姉の手助け(?)があったおかげで、なんだかんだ楽しい時間が過ごせそうだ。


「それにしても、今日は本当にありがとう。来てくれて嬉しいよ」


「こちらこそ、招いてくれてありがとう!友達の家でこうして過ごすの、とてもワクワクしてる!」


 水沢さんの笑顔に、俺は少しドキッとしながらも、同じ気持ちで頷いた。

 こうして二人きりの時間が流れていく。

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