第四章 二年生夏休み
第28話 聖女様と夏休みの宿題
夏休みが始まり、ある日のこと。
水沢さんと俺は近くの公民館に向かって歩いていた。水沢さんは宿題を持っていて、今日は一緒に勉強することになっている。
「夏休みに友達と宿題をやるのが夢だったんだよね!こうやって一緒に勉強できるなんて、すごく嬉しい!」
水沢さんは笑顔で言う。彼女の目はキラキラと輝いていて、まるで宿題が楽しいものかのように見えるほどだ。
俺にはその気持ちはちょっと理解しがたいけど、水沢さんがそうやって喜んでいるのを見ると、悪くない気もしてくる。
「そっか、じゃあ今日はその夢を叶える日ってわけだな」
俺も笑って返すと、水沢さんはさらに嬉しそうに頷いた。
彼女の無邪気な笑顔に、なんだかこっちまで元気をもらってしまう。
公民館の静かな一室。
窓からは柔らかい日差しが差し込み、外のセミの声がかすかに聞こえる。
机の上に教科書やノートを広げて、俺たちはそれぞれの宿題に取り組み始めた。
「さあて、どっから手をつけるかな……」
俺が数学の問題集を開くと、水沢さんも同じように数学のノートを広げた。しかし、彼女の眉は少し困ったように寄っている。
「水沢さん、数学苦手なの?」
俺がそう尋ねると、水沢さんは少し恥ずかしそうに頷いた。
「うん、実は数学が一番苦手で……計算とか公式とか、どうしても覚えられなくて」
意外だった。
水沢さんは成績トップではあるが数学は苦手なのか。
まぁ苦手である、とは言っても……のレベルではあると思うが。
完璧に見える彼女でも裏では努力を重ねている、それは球技大会のバレーの時にも感じたことだ。
「そっか。でも大丈夫だよ、俺が教えるよ。数学なら得意だからさ」
そう俺が言うと、水沢さんは少し驚いたように目を丸くした。
「益山くん、数学得意なんだね。意外かも」
「まあ、得意っていうか……昔から好きだっただけかな」
俺はそう言って、水沢さんのノートをちらりと覗き込んだ。
彼女がつまずいている箇所は、方程式の応用問題だった。確かに、ちょっと厄介な部分かもしれない。
「まずは基本的な公式をもう一回おさらいしてみようか。それで、次にどうやって応用するか考えてみるといいんじゃないかな」
俺は水沢さんにノートを示しながら、丁寧に説明を始めた。
彼女は真剣な顔で俺の話を聞いて、時々「なるほど」と頷いている。
そんな風に集中している水沢さんの姿を見ると、なんだか教えている俺も気が引き締まる。
しばらくすると、水沢さんは手を止めて俺の方を見た。
「益山くん、ありがとう。すごく分かりやすい説明だったよ。これならできそう!」
水沢さんが嬉しそうに微笑む。その笑顔に俺も自然と顔がほころんだ。
「それならよかった。慣れれば意外と楽しいもんだよ」
「うん、なんだかそう思えてきたかも」
水沢さんがノートを閉じると、今度は彼女が俺の方をじっと見てくる。
「じゃあ、今度は私が益山くんに教える番だね」
「え、俺に?」
「そう、益山くん、現代文が苦手って言ってたよね。私、現代文は得意だから、教えてあげるよ」
そう言って、水沢さんは自信満々に教科書を広げた。確かに俺は現代文が苦手で、どこに重点を置いて読むべきか分からず、つまずくことが多い。
「じゃ、じゃあよろしく頼むよ」
俺は少し照れくさくなりながらも、教科書を手に取る。
水沢さんは楽しそうに問題を指差し、解き方や文章の読み解き方を教えてくれた。
「この部分の比喩が何を意味しているのか、ちゃんと考えてみてね。作者が何を伝えたくてこの表現を使ったのかを意識すると、文章の意図が読み取れるよ」
彼女の教え方は的確で、しかも分かりやすい。
俺も水沢さんに教えてもらっているうちに、少しずつ現代文のコツが掴めてきた。
去年の夏休みの宿題は、特に国語に関しては訳が分からず赤で答えを全写しすることも少しあったが今回は水沢さんの助けのおかげで、間違えることはもちろん全然あるが、スラスラ進んで行った。
お互いに教え合いながら、宿題がどんどん進んでいく。
教える側になると、普段とは違う一面が見えるものだ。
水沢さんは真剣に説明してくれるし、俺も彼女に対しては自然と集中して教えることができる。
「ふぅ、今日はかなり進んだな」
俺がそう言って背伸びをすると、水沢さんも「うん、たくさん進んだね」と満足そうに頷いた。
「友達と一緒に宿題をやるなんて、やっぱり楽しいね。お互いに教え合って、助け合って……これが友達との宿題なんだ」
水沢さんがふと、感慨深そうに言う。その言葉に俺も頷く。
「そうだな。一人でやるよりも、何倍も楽しいし、効率もいいかもな」
二人で笑い合うこの時間は、ただの宿題を超えて、もっと特別なものに感じられた。
帰り道、公民館を出た俺たちは、夕暮れに染まる道を並んで歩く。
「今日は本当にありがとう、益山くん。おかげで数学が少しわかるようになったよ」
「いや、俺も水沢さんのおかげで現代文の読み方がちょっと分かってきたよ。お互い様だな」
そう言うと、水沢さんは満足そうに微笑んだ。
「また一緒に宿題やろうね」
「もちろん」
こうして俺たちは、夏の夕暮れの中、次の勉強会を楽しみにしながら、ゆっくりと家に向かって歩き続けた。
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