第25話 聖女様と夏祭り その2


 ──夏祭り当日。

 

 俺は自宅で準備を整えながら、これまでにない緊張感を覚えていた。今日は水沢さんと一緒に夏祭りに行く日だ。

 

 それ自体は「友達とお祭りに行く」というシンプルなことなのに、どうしてこんなにドキドキしているのか、自分でもよく分からない。


「さて……行くか」


 少し早めに家を出た俺は、待ち合わせ場所へと向かう。

 水沢さんとは、祭り会場から少し離れた場所で会うことにしている。もちろん、学校での友達関係は秘密だから、あまり人目につかないようにしたい。できるだけ周囲に気を使わずに楽しみたいし、水沢さんもそれを望んでいる。


 待ち合わせ場所に着くと、すでに水沢さんが来ていた。そして目の前の水沢さんを見た瞬間俺は息を呑んだ。


「……水沢さん」


 彼女はいつもとは違う浴衣姿だった。

 涼しげな青い浴衣に、髪もすっきりとまとめていて、まるで別人のように見える。


 学校では「聖女様」としての彼女しか知らないから、そのギャップに少し戸惑ってしまった。


「どうかな? 益山くん、似合ってるかな?」


 水沢さんが少し恥ずかしそうに聞いてくる。俺は顔が熱くなるのを感じながら、なんとか返事を絞り出す。


「あ、ああすごく似合ってるよ。……びっくりした、綺麗だからさ」


「ふふ、ありがとう。お世辞上手だね、益山くんも似合ってるよ、その浴衣」


 彼女に褒められると、ますます恥ずかしくなってしまう。そう、俺も一応浴衣を着てきはした。

 なんかいつもと違う服を着ているからか、ここが現実世界ではない夢の中ではないのかと錯覚してしまう。


「じゃあ水沢さん、いこっか」


「うん!」

 

 お互いに少し照れながらも、俺たちは祭り会場へと向かった。




 ******



 

 会場に到着すると、すでに屋台や人で賑わっていた。

 祭り特有の活気ある雰囲気が、自然と気分を盛り上げてくれる。


「すごいね! こんなにたくさんの人がいるんだ……どれから見て回る?」


 水沢さんは目を輝かせながらあたりを見回している。彼女の無邪気な姿に、俺もなんだか嬉しくなってしまう。


「そうだなぁ……まずは射的に行ってみる?」


「あ、射的やりたい! 行こう!」


 射的の屋台に着くと、水沢さんは真剣な顔つきで銃を構えた。

 小さな景品を狙って撃とうとしているのだが、なかなか当たらないようで、少し眉をひそめていた。


「うーん、難しいなあ……益山くん、コツとかある?」


「うん、少しだけど。銃をしっかり固定して、あとは狙いをつけてゆっくり引き金を引けば大丈夫」


「わかった!」


 俺のアドバイスを受けた水沢さんは、もう一度銃を構え、ゆっくりと引き金を引く。

 パンッという音とともに、小さな景品が見事に落ちた。


「やった! 当たった!」


 水沢さんは嬉しそうに飛び跳ねて、俺の方を向いて笑った。その無邪気な笑顔に、思わず俺も笑みがこぼれる。


「すごいじゃん、やるね」


「益山くんのおかげだよ、ありがとう!」


 射的を楽しんだあとは、たこ焼きの屋台へ向かった。


 熱々のたこ焼きを二人で分け合いながら、水沢さんはますます楽しそうにしていた。


「お祭りって、こんなに楽しいんだね。友達と一緒に過ごすのってやっぱり幸せ……本当に嬉しい」


 水沢さんの言葉に、俺もなんだか胸が温かくなる。


 彼女にとって、友達と過ごす時間がどれだけ特別なものか、よく分かるからだ。


「俺も楽しいよ、水沢さんと一緒に来れてよかった」


 柄でもなくそんなことを俺は口走ってしまった。

 後で考えれば夏祭り、という空間に毒されていたのだと思う。

 しかし水沢さんは何事もないかのように、


「ほんと? 私も益山くんと一緒に来られて嬉しいよ」


 そう返事した。


 しかし、ふと周囲を見渡すと、ちらちらとこちらを見ている人がいることに気づいた。

 どうやら、察するに俺たちが「カップル」に見えているらしい。


「益山くん……周りの人、なんか私たちのこと見てない?」


 水沢さんも気づいたようで、少し不思議そうな顔をしている。


「う、うん……たぶん、俺たちがカップルに見えてるんだと思う」


「え? そうなの?」


 水沢さんはびっくりしたように目を見開いたが、すぐにふっと笑い出した。


「そっか……でも、カップルに見えるくらい仲がいいってことだよね? なんだか、それも嬉しいな」


 その言葉に、俺は一瞬心臓が跳ね上がった。

 水沢さんは特に深い意味で言ったわけではないだろうけど、なんだか恥ずかしくて顔が赤くなる。


「……そ、そうかもね」


 俺は照れ隠しにそう答えたが、心の中ではドキドキが止まらなかった。


 それからも、俺たちはいろんな屋台を回りながら、楽しい時間を過ごした。

 水沢さんは終始笑顔で、初めての友達とのお祭りを心から楽しんでいるようだった。

 俺もそんな彼女の姿を見ているだけで、幸せな気持ちになった。


 次は、金魚すくいに行こうか、それともかき氷でも食べようか──そんな話をしながら、俺たちはこれからの時間も楽しみにまた屋台を練りあるくことにした。

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