第24話 聖女様と夏祭り その1
放課後のいつもの公園で、水沢さんがぽつりと口を開いた。
「ねえ、益山くん。夏祭りって知ってる?」
「……? あ、ああ夏祭りって花火とか、金魚すくいとか、射的とかがある、あの夏祭りだよね?」
「うん!そう!」
──びっくりしたぁ。質問の意味がまるで訳が分からなかった。
なんか仲良くなるにつれてわかってきたけど、水沢さんって言葉を選ばずに言うと意外とアホなのだと思う。
いつもは聖女様オーラに隠れて見えていないが。
「……益山くん、なんか今失礼なこと思わなかった?」
ギクッ。なぜわかったんだ。
誤魔化そうと少しは考えたが、俺はその鋭い眼差しに観念することにした。
「はい……思いました……!」
俺が意外とすんなり認めたので水沢さんもすぐに納得したようでうんうんと頷いた。
「……素直でよろしい!」
「ありがとうございますっ」
こういうやり取りってなんだか心地よくてとても良いものだって思う。友達だからこそできるこういう軽いノリのやり取り。
俺は水沢さんとのこんなやり取りになんだか懐かしさと共に心地良さを感じていた。
それは水沢さんも同じだったようで俺が「なんかいいよねこういうの」というと、水沢さんはすぐに「うん
私もそう思う」と返してくれた。
そうやって水沢さんが返してくれたことにとても嬉しさを感じつつ俺は一度話を戻してみた。
「そういえば夏祭りだっけ……もしかして、水沢さん行ってみたいの?」
そう俺が尋ねると水沢さんは頷きながら、少し照れたように笑った。
「うん。実はずっと行ってみたかったんだ。でも、友達と行くってどんな感じなのか、わからなくて……」
彼女の言葉に少しだけ驚くと共に、胸が締めつけられる。
最近こそ、水沢さんの周りの風当たりはいいように感じるが、これまでずっと「聖女様」として、友達との楽しい時間を持てずにいた。
だから、こうして友達としてお祭りに行くということが、彼女にとってはとても特別なことなのだろう。
俺は勇気をだして水沢さんを誘ってみることにした。
「そっか……じゃあ、一緒に行こうか」
俺がそう言うと、水沢さんはパッと顔を明るくした。
「ほんとに? 一緒に行ってくれるの?」
「もちろん。夏祭り、一緒に楽しもう」
その瞬間、水沢さんの目がキラキラと輝いた。
「やった! 友達とお祭りに行くなんて、ずっと憧れてたんだ」
そんな無邪気な笑顔を見て俺は誘ってよかったな、とすぐに思った。
少し前まではあの聖女様と俺が夏祭りに行くなんて到底考えられなかったし、二人で行くと決まった今、とても緊張しているのも確かだ。
でも水沢さんの純粋な気持ちに応えてやりたいと思ったのも確かだ。
「浴衣とか着て行っちゃおうかなっ」
ワクワクを抑えきれずニヤけが止まらない様子の水沢さん。
そんな彼女の笑顔の為ならなんでも出来そうだ、とか柄でもないような世の中の彼氏たちが思いそうなことも思ったりもした。
******
夏祭りが開催されるのは、夏休みに入る直前の日曜日だ。
水沢さんはその日を心待ちにしている様子だったし、俺も一緒に行けることを楽しみにしていた。
とはいえ、少しドキドキするのも事実だ。
水沢さんとお祭りに行くというのは、友達という関係でもやはりなんだか特別な気がする。
ある日、いつものように公園で話をしていると、水沢さんがスマホを取り出して、何やらメモを見せてきた。
「これ見て、益山くん。お祭りでやりたいこと、リストにしてみたの」
スマホの画面には、「射的」「金魚すくい」「花火」「わたがしたべる」などが箇条書きで書かれていた。
水沢さんは本当に楽しみにしているらしく、あれこれと計画を立てているようだ。
「射的とか金魚すくいとか、益山くん得意?」
水沢さんが期待した目で見つめてくる。俺は少し考えてから、正直に答えた。
「うーん、そんなに得意じゃないけど、頑張ってみるよ。せっかくだし、水沢さんに金魚とか取ってあげたいしな」
「ほんと? それなら楽しみだなぁ。友達と一緒に射的やったり、金魚すくったりするの、夢だったんだ」
水沢さんは心から嬉しそうにしていて、俺もその笑顔に少しだけ照れくさくなった。
それから数日間、俺たちは夏祭りの話をするたびに、どんどん計画が具体的になっていった。
屋台の食べ物も楽しみだし、花火が上がる時間も調べておこうとか、次々に話が広がっていく。
「──ねえ、益山くん。浴衣とか着てみたいな……どう思う?」
そういえば前ボソッと言ってたような。
水沢さんが突然そんなことを言い出した時、俺は一瞬言葉に詰まった。
思わずカノジョの浴衣姿を想像してしまった。
浴衣姿の水沢さん……想像するだけで、なんだかとても恥ずかしくなってしまう。
「あ、いいんじゃないかな? 似合うと思うよ」
俺はそう言って、なるべく平静を装ったが、心の中はバクバクだった。
水沢さんは何も気にしていない様子で、にこにこと笑っている。
「じゃあ、浴衣を着て行くことに決めた!」
お祭りの日が近づくにつれて、水沢さんの期待はますます膨らんでいるようだった。
俺も、どこかワクワクした気持ちを抑えきれなかった。
これまで友達と一緒に何かをするという経験が少なかった俺にとっても、こうしたイベントは特別なものだった。
「益山くん、約束だよ? 当日は一緒にいっぱい遊ぼうね」
「もちろん。友達として、ちゃんとエスコートするよ」
その言葉に水沢さんは嬉しそうに微笑んだ。そして、俺はその笑顔を見て、もっと頑張って楽しませてあげたいと思った。
******
そして、どんどん夏祭りの日が近づいてきた。
祭り当日は、二人とも学校からは少し離れた場所で待ち合わせをすることにした。
水沢さんも俺も、学校では「友達」としての関係を隠しているから、できるだけ誰にも見つからないように気をつける必要がある。
「当日は、ちょっと早めに行って場所を取ろうか。花火の時間も確認しておこう」
俺たちは最後の打ち合わせをしながら、当日の流れを確認していた。
「うん、楽しみ! 花火もきれいだろうし、益山くんと一緒にいろんな屋台を回りたいな」
水沢さんは相変わらず楽しそうだ。俺もそんな彼女の様子を見ているだけで、なんだか嬉しくなる。
祭りの日が来るまで、もうあと数日。水沢さんとの夏祭りは、きっとこれまで経験したことのないような特別な思い出になるだろう。
「じゃあ、また当日ね」
「うん、またね」
水沢さんの笑顔を背に、俺は少しドキドキしながら公園を後にした。
夏祭りでの一日が、二人にとって、どんな風に彩られるのか楽しみだ。
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