第23話 聖女様とラーメン屋
俺はふとあることを思い出していた。
それは、水沢さんの実家のラーメン屋「花丸らぁめん」。
以前訪れた時のことを鮮明に思い出す。
あの時は驚きと戸惑いが入り混じっていたが、今は違う。
水沢さんとの友情を深めた今だからこそ、もう一度あの店を訪れてみたいと思っていた。
ある日の放課後、俺は公園のベンチで水沢さんと話している時、軽い気持ちでこう切り出した。
「そういえば、水沢さんの実家のラーメン屋、また行ってみようかなって思ってるんだ」
その言葉に水沢さんは驚いた表情を浮かべたが、すぐにニコッと笑顔を見せた。
「え、ホントに?嬉しい!じゃあ、今度一緒に行こうよ。お父さんも益山くんのこと気になってたし!」
俺は少し照れながらも「それならぜひ」と答え、2人は「花丸らぁめん」へ行く約束をすることになった。
でも待てよ?俺、お父さんにあってないよな……?
ってことは水沢さんは家でも家族に俺の事を話してくれてるわけで……。
なんだかそう思うと俺はなんとも言えない気持ちになった。優越感というかなんというか。
とにかく嬉しくなったんだ。
******
数日後、夏の陽射しが眩しい昼下がり。
俺と水沢さんは一緒に「花丸らぁめん」の暖簾をくぐった。
店内は昔ながらのラーメン屋らしい、どこか懐かしい香りと雰囲気に包まれていた。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声が店の奥から響く。ラーメンの湯気の向こうに見えるのは、水沢さんのお父さんだ。
彼は俺を一目見るなり、目を輝かせて笑顔で手を振ってきた。
「お、君が渚くんか!いつも羽音から話は聞いてるぞ~」
とても元気なお父さんだ。こりゃクチコミに店主が良いって書かれるわけだ。
水沢さんは恥ずかしそうに顔を赤くしながら、小声で「もう、お父さんやめてよ…」と囁くが、お父さんは全く気にする様子もなく、どんどん話を続ける。
「羽音の友達が来てくれるなんて嬉しいよ。何せ、こいつ友達がいなかったからなぁ。渚くんとは仲良くしてくれて、ほんと助かってるんだよ」
お父さんは軽く頭をかいて、少し照れくさそうに言った。
「いや、こちらこそお世話になってます。水沢さん、えっと、羽音さんとはすごく楽しくやってますから」
水沢さんといつも通りに行ってしまったがお父さんも水沢さんだ。なので少し照れくさかったけど今この状況では『羽音さん』と呼ぶことにした。
慣れてないせいかなんだか照れくさい。
俺がそう言うと、お父さんは急に真剣な顔つきになり、俺の方に近づいてきた。な、なんだ。
「そうか、そうか……なら、もし良かったら、娘を貰ってくれ!」
「お、お父さん!?ちょっと何言ってんの!!」
水沢さんが顔を真っ赤にして、お父さんの背中を軽く叩くが、お父さんは大笑いしている。
俺もそのやり取りを見て、苦笑いを浮かべつつも、内心ドキッとしていた。
「いやいや、冗談だよ冗談!でも、渚くんには感謝してるんだ。羽音も最近、すごく楽しそうだからな。渚くんのおかげだよ」
お父さんはそう言いながら、ラーメンの準備に戻っていった。
水沢さんは「本当にもう……」と呆れたように溜め息をつきながら、渚に視線を向ける。
「ごめんね、お父さんがこんな感じで……でも、本当に感謝してるみたい。私も、益山くんと一緒にいるの、すごく楽しいから……」
あぁ、そんなこと言ってくれるなんて。幸せすぎか俺は。
「いや、全然大丈夫。むしろ、ああやって水沢さんを大切にしてるのが伝わってきて、素敵だなって思ったよ」
本心だ。とてもいいお父さんだなって思った。
俺はそう言うと、水沢さんは少し照れたように微笑んだ。
やがて、ラーメンが運ばれてきた。
「チャーシューサービスしといたよ!」
「あ、ありがとうございます!」
昔ながらの醤油ラーメン、澄んだスープともちもちの麺が印象的だった。そしてそこにはサービスのチャーシューが多く添えられていた。
俺はその香りに誘われるように、箸を手に取る。
「いただきます」
俺はスープを一口すすると、優しい味が口いっぱいに広がる。以前食べた時も美味しかったが、今日のラーメンは一段と美味しく感じた。
「やっぱりここ、すごく美味しいよ」
俺がそう呟くと、水沢さんのお父さんが聞いていたようで、嬉しそうに頷きながら、「ありがとうな!」と大声で答えた。
「あ、いえいえ」
聞かれてると思わなくてびっくりしてしまった。
こういうお客さんの声を拾い上げるのもいい接客なのかな、とかそんなことを思った。
そうするとふと水沢さんのお父さんがこんなことを俺に言ってきた。
「渚くん、君も羽音みたいにラーメン屋を手伝うか?将来、二人で店をやってくれてもいいんだぞ?」
「もう!お父さん、何言ってんの!」
水沢さんは顔を真っ赤にして再びお父さんに抗議するが、お父さんはニコニコと笑顔を絶やさない。
しかし一瞬真面目な顔つきに戻ると今度は俺にこんなことを言ってきた。
「でも、冗談は置いといて……羽音とはこれからも仲良くしてやってくれよ。友達がいなくて、少し心配してたんだが、渚くんがいてくれて本当に安心したんだ」
お父さんもお父さんなりに、心配していたのだろう。
そしてそんなお父さんの気持ちに俺は応えないわけが無い。全力で応えるまでだ。
お父さんのその言葉に、俺は真剣な表情で「もちろんです」と答えた。
店を出ると、夏の夕暮れが2人を包み込んだ。
店の前で立ち止まり、水沢さんが小さな声で「ありがとうね、益山くん」と呟く。
「今日、家に来てくれて。私、実はちょっと不安だったんだ。友達と一緒に実家に行くのって初めてだったし…でも、益山くんが来てくれて本当に嬉しかった」
水沢さんの表情は柔らかく、どこか安心したような様子だった。
俺もその気持ちに応えるように、優しく微笑む。
「俺も楽しかったよ。また来ようね、花丸らぁめん」
「うん、また来よう」
俺たち二人は歩き出しながら、これからの夏休みがさらに楽しくなる予感を感じていた。
「アイスでも買いに行かない?」
「いいね、買いに行こう」
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