第21話 聖女様と映画館
夏休みが近づき、少しずつクラスも浮き立った雰囲気になってきた。
俺と水沢さんもいつもの公園で、これからの予定について話し合っていた。
その中で、前回に夏休み計画の時に話していたものの、水沢さんがふと映画に行きたいと言い出した。
「ねぇ、益山くん。夏休みに映画行くって決めたけど、次の休日に映画行きたいかも、空いてたりする?」
「おれはあいてるよ」
「やった!じゃあ一緒にいこう!」
いいよ、とは言ったものの正直少し水沢さんのその驚きように俺も驚いてしまった。
「なんでそんなに嬉しそうにしてくれるの?」
俺は思い切って、思ったことをそのまま口にしてみることにした。
すると彼女はえーと……と少し恥ずかしげに俯きながらゆっくりと口を開いた。
「私ってね、友達と一緒に映画館に行ったりして映画を観たことってないんだ」
「そうだったんだ……」
「だから、一度やってみたいんだけど……いいかな?」
俺は水沢さんが友達と映画を見に行ったことがない、という事実に驚きながらも、すぐに笑顔で答えた。
「もちろんいいよ。映画って一緒に観ると楽しいんだ。感想を言い合ったり、一緒に笑ったり感動したりできるし。行こうよ!」
そんなふうに俺が言うと水沢さんの顔がパッと明るくなり、嬉しそうに頷いた。
こうして、二人は週末に映画館へ行くことを決めた。
******
その週末、映画館での待ち合わせに向かう俺は少し緊張していた。
学校でも放課後でもない、まるでデートのような感覚に心がそわそわしていた。
映画は友達と行くにはぴったりのアクティビティだが、水沢さんとの「秘密の友達関係」を思い出すと、少し不思議な気持ちになる。
遊びに行くのも他の人に見られたりしては行けない、と考えるとなんだか一周まわってその状況を楽しんでいる自分がいるのも確かだ。
映画館の入り口で待っていると、少し遅れて水沢さんが現れた。普段の制服姿とは違う、カジュアルな服装に俺は思わず目を奪われた。
「お待たせ、益山くん!」
「い、いや、全然待ってないよ。ここっちも今来たところだから」
思わず照れ隠しで答えながら、俺は一緒に映画館に入る。
おかげで噛んでしまった。俺の動揺が伝わってないだろうか。
せっかくだし水沢さんには今日の映画鑑賞を楽しんでもらいたい、というのがある。
俺は全力でそれに徹するまでだ。
映画館のチケット売り場で、二人は話題の感動映画のチケットを購入し、ポップコーンとドリンクを手に席に着いた。
「映画館って、ちょっと暗くてドキドキするね。しかも、こんなに大きなスクリーンで観るのってすごい」
水沢さんが映画館の大きなスクリーンを見上げながら呟くのを横で聞いた。ピュアすぎないか……?
俺はそんなことを呟く水沢さんの横顔を見ながら思わず頬が緩む。純粋だなぁ。
「そうだね。映画館で観ると迫力が違うし、音もすごくリアルに感じるんだ。でも、ただ観るだけじゃなくて、みんなと同じ瞬間を共有するのが面白いんだよ」
「そうなんだ……。友達とこうして映画を観るって、こんな感じなんだね」
俺に関しては中学の時に友達と映画に見に行っており経験ゼロではないので、先輩として友達と来る映画館の醍醐味を教えておいた。
……しかしその知識も昔の話なのが少し悲しい。
水沢さんはまだ少し緊張しているようだったが、ポップコーンをつまみながら楽しそうに映画の始まりを待っていた。
映画が始まると、俺と水沢さんはすぐに物語に引き込まれた。
そして物語は終盤に差し掛かった。
感動的なシーンが続く中、隣で水沢がそっと涙をぬぐう姿を俺はちらりと横目で見た。
普段は「聖女様」として落ち着いている水沢さんのこんな一面を見ると、こんな等身大な「聖女様」を独り占め出来ている、という事実に少し優越感を覚えていたのは確かであった。
そして俺はなんだかますますそんな彼女との距離が近づいたように感じた。
映画が終わり、明るくなった館内で水沢さんは少し赤くなった目をこすりながら微笑んだ。
「すごく感動したね……。涙が止まらなかったよ」
「うん、良かったよね。感動のシーンが多かったし、音楽も良かった」
「益山くんも泣いてたの?」
「いや、さすがに……ちょっとだけね」
水沢さんはその答えにくすくすと笑い、ポップコーンを俺に差し出した。
ん?いきなりどうした。
「ほら、食べて。友達同士って、こうやってお菓子を分け合ったりするんだよね」
「あ!なるほどそうだね、ありがとう」
映画の感想を言い合い、ポップコーンを分け合う。
俺の中でそんなありふれた友達との幸せが、水沢さんと過ごす時間が、より一層特別なものに思えてきた。
映画館を出た後、俺たち二人はそのまま公園へ向かい、映画の話で盛り上がった。
「ねぇ、益山くん。友達って、こうやって同じ体験をして、それについて話し合うのが楽しいんだね。なんだか心があったかくなる」
「そうだよ、同じ時間を共有するって特別なことだよね。感動したり笑ったり、そんな瞬間を分かち合えるのが友達ってことなんだと思う」
水沢さんはその言葉の交換に満足そうに頷き、嬉しそうに笑った。
「本当にそうだね。今日はすごく楽しかった。ありがとう、益山くん」
「こちらこそ。楽しかったよ。また一緒に映画を観に行こうね」
「うん、また行こう!」
水沢さんはキラキラした目で俺を見つめ、これからも一緒にいろんなことを体験できることを楽しみにしているようすだった。
まっ、眩しすぎる……!
その日の夜、俺は自分の部屋で映画のチケットを眺めながら思った。
水沢さんとの時間が、少しずつ、確実に特別なものになっていると。
秘密の友達として過ごしてきた二人だが、これからもっといろんなことを一緒に経験していけるだろう。
「友達って、いいもんだな……」
そう呟いて、俺は心の中でこれからの水沢さんとの友情の行方に期待を膨らませていた。
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