第19話 聖女様と球技大会の後

 球技大会が終わり、校内はすっかりいつもの静けさを取り戻していた。


 しかし、俺にとっては何もかもが少し違って見えた。特に水沢さんと過ごした時間が、まるでクラスの雰囲気を変えたかのように感じられたからだ。


「聖女様」として遠くから憧れの目で見られていた彼女が、クラスメイトと打ち解け、一緒に汗を流し、笑い合う姿。


 俺が知っていた「水沢羽音」としての彼女を、他のみんなも少しずつ受け入れてくれた。


 そんな彼女の成長を間近で見守ることができたことが、俺にとって何よりも嬉しかった。


 放課後、いつもの公園に向かうと、そこにはもう水沢さんの姿があった。


 ベンチに座りながら、ポニーテールを揺らし、にこやかな笑顔をこちらに向けてくれる。


「お疲れ様、水沢さん。大会、本当に頑張ったね」


 俺は軽く手を挙げながら、隣に座る。

 彼女は疲れが少し残っているのか、それでも満足げに笑って頷いた。


「益山くんこそ、応援してくれてありがとう。本当に心強かったよ」


「いやいや、ただの応援団だよ。頑張ってたのは水沢さんだろ?」


「それでも、益山くんがいてくれたおかげで最後まで頑張れたんだよ。あ、あと……!」


「ん?」


 水沢さんは何か言いかけて1度俯いてしまった。

 しかし深呼吸をするともう一度口を開いた。


「益山くん、バレーの時かっこよかったよ!」


「……!お、おうありがとう」


 ──あっぶねぇ、いきなり美少女にかっこいいなんて言われたものだから嬉しくて飛び跳ねてしまいそうだった。


 ……冗談はさておき。


 そんな水沢さんのいきなりの真剣な言葉に、俺は少し照れてしまった。

 夕焼けのせいだろうか気持ち彼女の顔が赤く染っているように見える。

 まぁ俺もそうなのだが。



 しかし、あの「聖女様」と呼ばれる彼女が、ぼっちの俺に感謝の気持ちを伝えてくれるなんて、最初は想像もできなかったことだ。


 しかも俺の事をかっこいいと褒めてくれた。ドキドキが止まらない。


 頬が熱くなるのを感じながらも俺たちは目を合わせずに二人ベンチに並んで座っている。


 心地の良い沈黙。


 ふと俺はゆっくりと夕暮れの空を見上げた。

 オレンジ色に染まる空が、何とも言えない心地よい雰囲気を醸し出している。


「クラスのみんなと少しずつ自然に話せるようになったね。水沢さん、最近すごく変わったと思う」


 俺が口を開くと彼女はふっと笑って頷いた。


「うん、益山くんが言ってくれた通り、少しずつだけど、みんなと距離が縮まってる気がするよ。最初は怖くて仕方なかったけど、こうして少しずつでも仲良くなれて、ほんのちょっと自信が持てた」


「それは水沢さんの頑張りだよ。俺は何もしてない」


「そんなことないよ」


 水沢さんは少しだけ真剣な表情になり、俺の方を見つめる。


「益山くんが一緒に練習してくれたり、話を聞いてくれたりしたから、私は前に進めたんだ。クラスでみんなとスポーツを楽しむことができたのも、益山くんのおかげなんだよ」


 その瞳に見つめられて、思わずドキリとする。

 普段は柔らかい表情の彼女が、こんなにも真っ直ぐな目をするなんて。


「……ありがとう。俺も、水沢さんと一緒にいられて楽しかったよ」


 自然と口から出た言葉は、嘘偽りのない本音だった。


 彼女の頑張る姿を見ていると、俺も勇気づけられる。

 彼女と一緒に過ごす時間が、今や俺の中でかけがえのないものになっていたのだ。


 水沢さんは少し頬を赤らめながら、それでも嬉しそうに微笑んだ。


「友達って、こういう時に支え合うものなんだね。今日、改めてそれを実感したんだ」


「そうだね。お互いに、これからも助け合っていこう」


「うん、これからもいろんなことを一緒に経験していこうね」


 俺たちは自然と笑顔を交わし、夕暮れの穏やかな時間を共に過ごした。


 クラスメイトと一緒に球技大会を終えたことで、水沢さんは少しずつ「聖女様」から普通の女の子としての自分を見せられるようになったのだろう。


 でも、それは彼女が決して一人ではできなかったこと。


 俺がいたから——なんて自惚れるつもりはないけど、少なくとも彼女の一歩を支えることができたなら、こんなに嬉しいことはない。


 そしてまたしばらく沈黙が続いた後、ふと水沢さんがぽつりと口を開いた。


「ねぇ、益山くん。次は、どこに行く?」


 その問いかけに、俺は少し考えてから答えた。


「そうだな……もう少し難しいことに挑戦してみる? 例えば、遊園地に行くとか」


「遊園地かぁ……。それも楽しそうだね。友達と一緒に行く遊園地って、どんな感じなんだろう?」


 水沢さんはまるで子供のように目を輝かせながら、無邪気な笑顔を浮かべる。

 その表情に、俺の胸がじんわりと温かくなる。


「きっと、普通に行くよりもずっと楽しいはずだよ。時間ができたら、行ってみよう」


「うん! 絶対に行こうね」


 水沢さんの顔に浮かぶ期待の笑顔を見て、俺も自然と笑みを浮かべた。


 これから先、二人で経験することが増えていく。水沢さんが初めて友達と共に過ごす日々は、まだ始まったばかりだ。


 夕陽が沈みかけ、辺りが赤く染まる。水沢さんは軽く伸びをしながら、ふっとリラックスした表情を浮かべた。


「益山くん、改めましてこれからも、よろしくね」


「こちらこそ、よろしく」


 その言葉に、俺たちはもう一度笑顔を交わした。


 夕暮れの静かな公園で、二人の絆はさらに深まっていくのだった。





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