第18話 聖女様と彼の本気

体育館に響くホイッスルの音と、観客席からの大きな声援。それは、まるでプロの試合のような熱気を帯びていた。


 男子バレーの試合。

 私、水沢羽音は女子バレーの試合を終えてクラスメイトと一緒に応援席に座っていた。みんなの視線の先には、コートでボールを追いかける益山くんの姿。


 彼はクラスで目立つ方ではないけれど、今日はその存在感がひときわ際立っていた。

 普段の彼は、どちらかというと控えめで静かな印象だ。しかし、コート上では全く違う。


「益山くん、すごいね……!」

 

 そんな興奮交じりのクラスメイトの声が聞こえてくる。私もその意見には心の底から同意する。

 

 試合は佳境に差し掛かり、どちらも一歩も譲らない攻防を繰り広げていた。男子バレーの試合は、体格の大きな選手たちがぶつかり合い、スパイクを繰り出す度に体育館全体が揺れるような迫力がある。


 そんな中、益山くんは決して体格的に恵まれているわけではないのに、果敢に立ち向かい、スパイクをブロックし、レシーブで相手の攻撃を止めていた。


「ナイスレシーブ、益山!」


 チームメイトの声が飛ぶ。

 相手チームの強烈なスパイクを、彼は体を投げ出して受け止めた。ボールは高く弧を描き、自分のチーム側に戻る。


「よっしゃ!」


 味方の一人が声をあげてボールをトスする。そのまま別の選手がスパイクを決め、益山くんのレシーブから得点に繋がった瞬間、クラスメイトたちの応援席から歓声が上がる。


「すごい!益山くん、ナイス!」


 私も思わず立ち上がり、拍手を送っていた。

 益山くんのプレーは、ただ上手いというだけではない。彼の必死さ、チームを思う気持ちが伝わってくるような、心を打つものがあった。


 試合は激しさを増していく。

 お互いに一歩も譲らず、点が入るたびに一喜一憂する。そんな中、益山くんは息を切らせながらも、決して諦めない瞳で相手チームを睨みつけていた。


「益山、次のブロックはお前に任せたぞ!」


「わかった!」


 キャプテンの指示に力強く頷く益山くん。彼の背中に、こんなにも頼もしい雰囲気を感じたのは初めてだった。

 全力でボールを追いかけ、チームメイトに指示を出し、自分の役割をしっかりと果たそうとする姿に、私は目を奪われていた。


 ──いつもはあんなにおっとりしてるのに、今の彼は全然違う。


 益山くんは前衛にポジションを移動し、相手のエースと対峙している。

 相手チームのエースは、背が高く腕力も強い選手で、彼のスパイクは何度も益山くんのチームを追い詰めていた。だが、益山くんはその迫力に臆することなく、ネット際に立ちふさがっている。


「絶対に通させない……!」


 小さく呟いた益山くんの声が、私の耳にも届く。


 相手チームのエースが勢いよくジャンプし、腕を振り抜く。目にも止まらぬ速さで飛んでくるボール。観客席が息を飲んだ瞬間──


「……っ!」


益山くんが大きく跳び上がり、まるで壁のように両手を広げた。強烈なスパイクが彼の手のひらに弾かれ、ボールが相手コートに返っていく。


「よっしゃああ!」


「益山、ナイスブロック!」


 益山君が吠えた。

 チームメイトが喜びの声を上げ、周りが歓声に包まれる。私も思わず胸が高鳴った。

 益山くんは軽く汗を拭いながら、満足げに笑っている。


「すごい……」


 私は、彼がこんな表情をすることを知らなかった。

 いつもは無表情で、どこか冷静な雰囲気の益山くん。だけど、今は誰よりも楽しそうで、そして何より「かっこいい」と思った。


──あれ、私、何考えてるの?


 ハッとして、慌ててその感情を打ち消そうとする。

 だけど、益山くんがかっこいいと感じたのは事実だった。友達として、尊敬できる存在として、心の底から彼を応援したくなった。


 だが、試合は次第に厳しい展開になっていく。相手チームも勢いを増し、互いに一歩も引かない状態が続いた。

 やがて、体力差が出始め、少しずつ劣勢になっていく。


「くっ……!」


 益山くんが必死にレシーブするものの、ボールはネットに引っかかってしまう。相手チームが得点し、試合は決まった。


「……負けちゃった」


 クラスメイトたちが悔しそうに呟く声が聞こえる。応援席も少し沈んだ雰囲気に包まれていた。

 でも、私はただ悔しいとは思わなかった。


 だって、益山くんは最後まで全力で戦っていた。彼の頑張りが、チームを一つにしていたのがわかったから。

 彼がいなかったら、もっと早く試合は終わっていたかもしれない。


 試合後、コートの中央で肩を落とす益山くんに、私は思わず声を掛けたくなった。けれど、周りにはたくさんのクラスメイトがいるし、私たちは普段学校で話さない「秘密の友達」。

 ここで私が声をかけるのは不自然だ。


「……お疲れ様、益山くん」


 心の中で小さく呟くにとどめた。それでも、彼にその思いが届いたらいいな、と思った。


 益山くんはコートを去りながら、ふとこちらに視線を向けた気がした。私は、ただ黙って小さく手を振る。


 ──今日の彼は、本当にかっこよかった。


 そんな思いを胸に秘めながら、私はもう一度、彼の背中を見つめた。

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