第12話 聖女様と小さな喧嘩
放課後の公園。
夕陽が西の空を染めている中、俺と水沢さんはいつものようにベンチに並んで座っていた。
今日は少し肌寒くて、風が冷たい。水沢さんはゲームをしていたが、ふとゲームの手を止め、俺の方をじっと見つめてきた。
「益山くん、友達って……ケンカもするものなの?」
水沢さんの口から出てきた突然の質問に、俺は驚いてを彼女のことを見返した。
「え?ケンカ?」
そんなことについて水沢さんが聞いてくるとは思わなかった。
彼女はいつも穏やかで、おっとりしている。だから彼女と誰かがケンカする、なんてことは想像もつかない。
「うん。昨日、クラスの友達同士が言い合いしてるのを見て、少し気になって……友達って、時々ケンカもするものなのかなって思って。」
「なるほど……」
水沢さんの表情は真剣そのものだった。
彼女は「友達」というものについて、まだいろいろと模索しているんだなと、そう思った。
「まあ、時にはケンカすることもあるんじゃないかな。意見が違ったり、相手の言葉に傷ついたりしてね。でも……」
俺が言葉を続けようとしたその時、水沢さんは少しむくれて口を開いた。
「でも、益山くんっていつも冷静で、ケンカとかしたことなさそうだよね。私が怒らせても怒らないでしょ?」
その言い方に、俺は少しムッとした。
確かにケンカはあまりしない方だけど、それを言われるとなんだか悔しい。
なんでなんだろうな。なんだか喧嘩しないってことはそれだけ相手と真剣に向き合ってない、そんな気がしてしまうからか。
「いや、そんなことないよ。俺だって、言いたいことくらい言うさ。たとえば、水沢さんだって時々、無理なお願いとかするじゃん。そういう時、ちょっと困ることもあるし。」
つい口をついて出た言葉に、水沢さんはびっくりしたように目を丸くした。
やべ。でも言ってしまったものは言ってしまったのだ。
すると、水沢さんもムッとなり少し反論してきた。
「え、そんなことあったっけ?益山くんが困ってるなら言ってくれればいいのに。もしかして、私とのことで我慢してたことが何回もあったの?」
「いや、何回もとかじゃないけど……たまにはちゃんと言うことだってあるよ。」
「そうかな……?今まで益山くん全部私のおねがい聞いてくれてた気がするよ?」
「いや、それは水沢さんのお願いに別に断る理由がなかったからで……」
言い合いが始まり、二人の間に微妙な空気が流れる。
水沢さんは少し頬を膨らませて、視線をそらした。
「なんだか益山くん、今日は冷たいね。」
その一言に、俺もつい言い返した。
「水沢さんだって、俺に対して言い過ぎることだってあるんだよ。」
お互いにムキになり、些細な言い合いが続いた。
ふだんならすぐに笑って済ませられるはずのことが、なんだか今日は素直になれず、どんどん険悪な雰囲気になっていく。
なぜだなぜだ。頭の中では分かってはいるけど、口から『ごめんね』のその一言がおたがいになかなか出てこなかった。
******
少し時間がたち、俺たちはしばらく口をつぐんだまま座っていた。
水沢さんはベンチの端っこで黙って空を見つめている。
俺も言い過ぎたな、と心の中では反省しつつも、なかなかそんな彼女に声をかけられないでいた。
だけど、このままではよくない。思い切って俺は口を開いた。
「……ごめん、さっきは言い過ぎた。水沢さんを困らせるつもりじゃなかったんだ。」
その言葉に、水沢さんは少しびっくりしたように俺の方を見た。
すると少しの沈黙の後に、彼女はふっと肩の力を抜いたように見えた。
そして水沢さんは俺の方を見て、少し微笑んだ。
「私も……ちょっと意地を張っちゃった。ごめんね、益山くん。」
「うん……こちらこそ」
「「…………」」
俺たちはお互いに謝って、ようやくほっとした空気が戻った。
そしてその後も少しの間沈黙の時間が続いたが。
「はははっ!」
その時間を終わらすかのような彼女の明るい笑い声が響く。
「私なんでこんなしょうもないことでムキになってるんだろ、おかしいの……」
「たしかにな」
「確かになってなんだ!益山くんもでしょ!?」
そう言って笑い合う。
いつも通りの放課後公園のベンチの穏やかな、二人での時間が戻ってきた。
水沢さんは哀愁漂う顔で口を開いた。
「ケンカしても、こうやってまた仲直りできるのが友達なんだね……」
「うん、そうだよ。友達だからこそ、言いたいことも言えるし、こうやってまた仲直りもできるんだ。」
「そうだね。なんだか少しずつ、友達のことがわかってきた気がする!」
水沢さんはそう言って、安心したような笑顔を見せた。その笑顔を見て、俺もつい笑ってしまう。
「じゃあ、これからもたまにケンカしようか?」
俺が冗談半分で言うと、水沢さんは驚いたように目を丸くし、それからまたクスッと笑った。
「いやだよ、できれば仲良くしたいもん。」
「それはそうだ」
帰り道、夕焼けに照らされる二人の影が長く伸びていた。
俺たちは、二人の距離がまた少し距離が縮まったような気がして、なんだか暖かい気持ちになった。
こうしてこれからも少しずつ、水沢さんと俺は「友達」というものの意味を学んでいくのだろう。
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