第10話 聖女様と秘密のサイン
放課後、自宅に帰り、俺はスマホを手に取った。
水沢さんとは学校ではお互いに他人のフリをしているので、会話は直接会った時、もしくはメッセージアプリでのやり取りが中心だ。
今日も水沢さんからメッセージが来ていた。
『益山くん、ちょっと話があるんだけど、今時間ある?』
水沢さんからのメッセージに、俺はすぐ返信する。
『もちろん。どうしたの?』
少しして、水沢さんから返事が来た。
『学校でのことなんだけどさ』
『うん』
『あんまり直接話せないじゃない?』
『確かにね』
『益山くんと話したい時どうすればいいかなって……』
『確かに、学校だとお互い知らないフリしてるしね』
その俺のメッセージに『激しく同意!』という例のひよこのスタンプを送ってきた。かわいい。
『他のクラスメイトに気づかれたくないもんね』
『それで思いついたんだけど二人だけのサインを作らない?』
『サイン?どういうこと?』
『授業中とか休み時間に、ちょっとした動作でお互いに気持ちを伝えられるような合図を決めたいなぁって』
『うんうん、例えば?』
『例えば、手を握ったりする、とか?』
水沢さんの提案に、俺は少し驚いた。
一瞬手を握ってくるかと思ったのでどういうことだ、と思ったが自分の手を握る、ということだ。びっくりしたぁ……。
学校で話せない状況をうまく乗り越えようとするアイデアが彼女らしい。
『なるほど、自分の手を握るってのはいいかもね。どうやって使うの?』
『例えば一回手を握ったら『やあ』って挨拶の意味で』
『うんうん』
『二回握ったら『後で話したい』って感じにする』
『ふむふむ』
『簡単な動作だから、他の人には気づかれにくいかなって思って』
『それ、面白いね!』
『でしょ!』
『授業中でも使えそうだし、ちょっとした秘密みたいでワクワクするな』
『そうでしょ?二人だけの秘密、って感じがしていいよね!』
水沢さんからのメッセージを読みながら、俺は彼女のアイデアにすっかり乗り気になっていた。
確かに、学校では彼女とは全く別の世界の人間として振る舞っている。けれど、こうして二人だけの秘密があるのは特別な感じがする。
『よし、じゃあそれで決まりだね。今日から試してみよう』
俺がワクワクしながらメッセージを送った。するとあちらから返事が返ってくる。
『うん!でも、絶対にバレないようにね。特に私はみんなから見たら『聖女様』だから、何かあったらすぐ噂になるし……。」
「そうだな、特に水沢さんは目立つからな。俺も気をつけるよ。』
少し間を置いてから、水沢さんから再びメッセージが来た。
「渚くんとのこの関係が、秘密であることが逆に楽しいかも。ドキドキしちゃう。』
『俺もだよ。秘密の友達ってなんか特別だよな。』
「じゃあ、明日から早速使おうね!私からサイン出すから、見逃さないでね。』
翌日、学校ではいつも通り、水沢さんとは他人のフリをして過ごした。
彼女は完璧な「聖女様」としてクラスメイトに接し、俺もその一部として何事もないように振る舞う。
しかし、心のどこかで水沢さんとのサインの瞬間を待っていた。
授業中、ふと水沢さんの方を見た瞬間、彼女の手がさりげなく動いた。
軽く拳を握っている。
周囲のクラスメイトには全く気づかれないだろうが、俺にはそのサインの意味が分かった。
『やあ。』
俺は内心で微笑み、同じように拳を一回握って返した。
休み時間、水沢さんが俺の方をチラッと見て、二回拳を握る。
『後で話したい。』
俺も二回握り返して、「了解」と答えた。
クラスメイトたちにはただの静かな授業風景に見えるが、俺たち二人の間では密かな会話が繰り広げられている。
******
その日の放課後家に着いた俺は水沢さんとのメールを始める。
『今日、サインうまくいったね!』
『そうだね』
『全然バレなかったよ!』
『うん、完璧だった!ドキドキしたけど、楽しかったな』
『ね、二人だけの秘密があるってやっぱり特別だね。これからもこのサイン、使っていこうね!』
『もちろん。これからも俺たちだけの秘密を守っていこう!』
その日、俺と水沢さんの間には、新しい絆が生まれた。
クラスメイトには決して分からない、二人だけの秘密のサイン。それは、友達としての俺たちの特別な繋がりを感じさせるものだった。
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