第9話 聖女様と対戦ゲーム
「──うわっ、また負けた!」
「はは、惜しかったね。でも、かなり上手くなってきたよ。もう少しで俺に勝てそうだし。」
「そう?でも益山くん、強すぎるよぉ!」
放課後、いつもの公園。俺たちはまたここでゲームをしていた。ベンチに並んで座り、スマホの画面に夢中になる時間が最近の日課になっている。
水沢さんの顔は少し悔しそうだが、笑顔は絶やさない。彼女のこの無邪気な一面、学校では絶対に見られない姿だ。俺はまだ慣れないこの状況に、少し戸惑いを覚えながらも、どこか嬉しかった。
「もう一回やってみよう!」
「うん!今度こそ絶対勝つ!」
水沢さんは決意を新たにして、ゲームを再開する。彼女の集中した顔が横にあると、どうしても意識してしまう。
横顔の顔面偏差値が高すぎるだろ……。
普段は「聖女様」として皆から遠い存在の彼女が、こうして身近にいることが信じられない。
未だにこうしてゲームをしているがこの状況が少し前の俺からでは全く想像できないような事だった。
公園の木々から吹く風が心地よい。
俺たちがこうして遊んでいる間も、周りには他の学生や子供たちが楽しそうに過ごしている。
「……よし、今度はここで攻撃して、えいっ!」
「おお、すご水沢さん、それは良い判断だね──あ……」
「やったー!勝った!!」
水沢さんが喜びの声をあげる。俺は思わずその声に釣られて笑ってしまう。
彼女のこの嬉しそうな顔、普段の優雅な姿とはまるで別人だ。そう思うと同時に俺の前ではこうやって素を出して喜んでくれることがとても嬉しい。
「やるな水沢さん……本当に負けちゃった」
「えへへ、益山くんが教えてくれたおかげだよ。」
「いや、水沢さんが頑張ったんだよ。俺なんか何もしてないよ。」
「そんなことないよ、益山くんがいるから楽しいんだよ!」
そう言って水沢さんはまた笑う。その無邪気な笑顔に、俺は不意にドキッとする。この瞬間、ふと彼女の横顔を見つめてしまった。普段学校で見る彼女も美しいけど、こうしてラフな状態の彼女は、なんというか……近い。
「どうしたの?」
「えっ、あ、いや、なんでもないよ。」
俺が動揺しているのに気づいたのか、水沢さんは首を傾げて俺を見つめている。心配そうな顔をされると、余計に言い訳しにくくなるから困る。
「……その、なんか水沢さんって普段と全然違うなって。」
「ああ……そっか、学校ではね……。」
水沢さんは少し困ったような笑みを浮かべ、視線を下げた。やっぱり、学校での「聖女様」としての自分に少し戸惑いがあるんだろう。
「ごめんね、私、学校ではどうしてもああいう風に振る舞っちゃうの。でも、本当はこうして、渚くんみたいに気楽に話したり、ゲームで騒いだりしたいんだよね。」
彼女がポツリと呟くように言う。その声には、少し寂しさが滲んでいた。
みんなの前では完璧な「聖女様」として振る舞うことが、どれほど彼女にとって重荷になっているのか、俺には想像できないけれど、水沢さんが自分の本当の姿を俺に見せてくれることが、少し誇らしく思えた。
「俺、こうしてる水沢さんの方が好きだな。なんていうか、自然でさ。」
「ほんと?」
彼女は少し驚いた顔をして俺を見つめた。俺は自然と頷く。
「うん。学校ではみんなに憧れられてるかもしれないけど、俺はこうして、水沢さんが素直に笑ってる方が、ずっと良いと思うよ。」
その言葉を聞いた瞬間、水沢さんの頬がほんのり赤く染まった。
それは夕陽のせいだけじゃなかった。彼女は照れくさそうに笑い、目を逸らす。
「……ありがとう。そう言ってもらえると、なんだか救われる気がする。」
水沢さんのその言葉に、俺も少し照れくさくなり、視線を外した。
お互いにほんの少しだけ気まずい沈黙が続いたけれど、それが心地良くも感じられる。
「……ねえ、益山くん。」
「うん?」
「私、もっと益山くんといろんなことしたいな。ゲームも楽しいけど、他にもたくさん遊びたい場所とか、行きたい場所があるの。」
「いいね。じゃあ、今度はどこに行きたい?」
「えっとね……」
水沢さんは少し考え込むように、空を見上げた。夕焼けが少しずつ色濃くなり、俺たちの周りを包み込む。彼女の髪が風に揺れて、何か特別な瞬間が訪れているような気がした。
「益山くんとなら、どこに行っても楽しい気がするな。」
そう言って、彼女はまた無邪気な笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、俺は思わず胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
この関係が、ずっと続けばいい──そんなことを考えながら、俺は彼女に微笑み返した。
夕暮れの公園、二人の時間は穏やかに過ぎていった。
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