第8話 聖女様と友達
「おまたせ」
「うん、大丈夫だよ、私も今来たところ」
そんなこんなで『聖女様』こと、水沢さんと友達になった俺は次の日の放課後、家の近くの公園のベンチに集まっていた。
俺と水沢さんの家は駅半駅分くらい離れているが、この公園はそのちょうど中間くらいに位置にあった。
そもそも俺達の家は学校からは五駅分くらい離れており、同級生に見つかるような心配も少ない。
自然とこの公園が俺たちの『秘密の関係』を守るために最適な場所であった。
これは隣に座ってもいいんだよな……?
いや、これは緊張するな。
水沢さんと昨日友達になれた、とは言ってもまだ仲良く喋ったりしたわけでもなければ、どこか一緒に行って仲を深めた訳でもない。
さすがにこんな美少女の隣に座るなんて、友達だとしても緊張する。
俺は内心戸惑いながらも、特に水沢さんが避けるような素振りがないことを確認して隣に腰を下ろす。
「よいしょっと……」
俺は彼女の隣に腰を下ろす。
そして束の間の沈黙。
あ、あれ、何を話せば……。まだ彼女のことは何も知らないし、友達として何を話したり、何をしたりすればいいのだろう。
そうやって俺は内心焦っていると、そんな俺の様子を察してくれたのか、水沢さんは口を開いた。
「益山くん!」
「う、うん」
「今日はとてもいい天気だねっ」
「そ、そうだね!」
「……」
「……」
──き、きまずっ!
話を振ってくれたのは嬉しいが何も広まらない会話。
しかも水沢さん、言うほど今日天気よくない、なんなら曇り。
「だって何話せばいいか分からなくって……!」
そう言いながら水沢さんは嘆いていた。
しかし本当に相手と合わなくて、気まず過ぎた場合、それすらも言うことが出来ていないと俺は思ったのでそこはよし、とすることにした。
「何話せばいいか分からないんだ」
続きを水沢さんは「うん」と頷いた。
「小学校の時は一緒に遊ぶような子とかもいたし、友達って言えるような子も何人かいた」
水沢さんは遠い過去を振り返るように空を見上げた。
「だけど中学に入学する時にちょうど親の仕事の関係でこっち来たら、みんな一定の距離で接してくるようになって、私中学の時からこんなんでさ。表面的な会話しかしてこなくって……」
今のような状態が中学の時から続いている、その事実に俺は驚いた。
「益山くんが私の友達になってくれたのはめちゃくちゃ嬉しかったんだけど、友達と何を話せばいいのか分からないんだよね」
「そうだったのか……」
まぁ俺も高校に入ってからは、友達がいない期間が続いていたが、俺の今隣にいる水沢さんは中学の時からそのような状態だったのだ。
そして『友達』とは何か、すらを見失ってしまっている彼女を見て、俺は可哀想だな、とそう思った。
さらに彼女の過去の話を聞いて、俺では力不足に違いないが、本当の意味での『友達』になってあげたい、心の底からそんなことを思った。
「友達だからって言って俺はそんな気負う必要は無いと思う」
「……というのは?」
「一緒にいて楽しい、一緒にいて気を遣わなくて気楽。辛い時も友達一緒にいれば気持ちが紛れて明るい気持ちになれる、そういうのが友達だと思うから、そんな気負う必要は全然ないと思う」
「……なるほど!」
パァっと顔を明るくする水沢さん。大したことは言ってないけどなんだか彼女には刺さったらしい。
「その日あったどんな些細な出来事でも話したかったら話せば良いし、話したくなければ話さなくっていい。なんならさっきみたいに天気の話でもいいと思う。それで気まずいって思ったとしてもその雰囲気を二人で『気まずいね』って笑い合えたらいいんだと思う」
「友達ってそういうもんなんだね、わかった。益山くんとはそんな気負わずに、気楽にやっていくよ」
「その意気だ」
そう言い合って二人顔を合わせて笑いあった。
そんな彼女の友達としての、着飾ってない『水沢羽音』としての笑顔はとても眩しかった。
「じゃあ益山くん、私に友達としての色々なことをこれから教えてくれると嬉しいな」
少し恥ずかしそうに、それでも誠意を込めて彼女は俺にそんなことを言ってきた。
彼女はまだ本当の『友達』というものが分かりきっていないのだろう。
対する俺もまだ未熟も未熟だが、水沢さんの友達として、彼女のしたいことに付き添ったり、一緒の時間を共有したりするような相手になることは出来る。
「わかった、これから二人で一緒に楽しい時間を過ごしていこう」
俺がそう言うと、水沢さんは満足そうに微笑んだ。
そして俺の方に拳を突き出してきた。
「なんの手だこれは?」
「え、友達出来たらやってみたかったの。拳と拳を合わせて友情を確かめ合う、みたいなやつ!」
「なるほどね」
俺は自分の手を彼女の拳の方へ向けて、コツンと、お互いの拳を合わせあった。
これが俺と水沢さんの、本当の意味での友達としてのスタートの第一歩になった。
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