第7話 聖女様と秘密の関係

「なんでわざわざ俺をここに誘って、友達になろうって言ってきたのかなって……」


 俺が疑問を口にすると、水沢さんは少し俯き気味に話し始めた。


「えーとね……単刀直入に言うと私、友達が前から欲しかったの」


「え……?」


 彼女の口から出た答えは想像もつかないような意外なものであった。その言い方だとまるで今は友達がいない、そういってるみたいじゃないか。

 

 彼女の周りにはいつも人が集まる。

 彼らも友達なのではないか、そう思ったが彼女からしたらそれは違うらしい。


「まず私の持論ね。私的には友達って、一緒に遊んだりして楽しい時間を過ごすのはもちろん、お互い気の許せる存在でなんでも話せたり、信頼し合える、そんなものだと思ってる。でもそう言う観点から見た時、私って友達いないんだなって、気付いたんだよ。そもそも私が高校で演じているのはみんなのあこがれ『聖女様』であって『水沢羽音』ではないから」


「…………」


 そういう彼女の顔はどこか少し寂しそうに見えた。


「私って自分で言うのも変だけどなんかみんなからよく見られてるからさ、みんなの前ではちゃんとしないとちゃんとしないとって、その事ばかり考えちゃって……」


 水沢さんの話からは、みんなをがっかりさせない為の責任を勝手に背負わされて、その責任をおわないと行けなくなってしまった彼女自身の苦悩が伝わってきた。


「噂が回ってきて私が『聖女様』て呼ばれてるのも知ってるけど、なんか力不足だなとか自分では思うし、みんなからはそれくらい遠くの存在って見られてるんだな、とか思っちゃうと悲しくなっちゃうんだ」


 そんなことを考えていたのか彼女は。正直びっくりした。

 彼女はみんなの前では完璧な『聖女様』でいる。演じきっていた。

 

 しかし彼女は自分が思う自分と、周りから見た自分とのギャップに戸惑っていたのだ。

 

 そしてその周りからの期待に合わせてきた結果、真の意味での友達は出来なかった、と。彼女はそう言っているのだ。


「ラーメン屋の接客でもいつもの学校のあの誰にでもおしとやかで上品な感じを出す訳には行かなくって。『ホントの私』に近い自分でいたらたまたま益山くんがやってきてさ」


 水沢さんは自分の手で口を隠すように当ててくすくすと笑う。

 

「益山くんはさ、普段の学校でのみんなの前の『聖女様』としての私と違ってても、それで拒否反応起こすわけでもなくちょっと喋ってくれて。私はそれがとっても嬉しかった」


 そう言って彼女は微笑んだ。そんな彼女の笑顔には確かな温かさがあった。


「それでね……。益山くんを巻き込んじゃうことになるのは重々承知ではあるんだけど、今喋ってるようなこんな感じの本当の『水沢羽音』を知っているのが益山くんくらいしか居なくてね。そもそも偽りの私しか知らない人と真の意味で友達にはなれないと私は思ってる。だからそんな私のことも知っている益山くんと友達になれたらなって思ったんだ」


 そういうことだったのか。

 

 彼女は周りからの『聖女様』としての自分が思い描く『水沢羽音』との間にギャップがあり、それに悩んでいたのだ。

 こんな風に誠心誠意言葉で伝えてくれたなら俺もその彼女の気持ちに応えるしかない。


「俺もさ高校入る前からずっと友達欲しくてさ、だけど結局友達は出来なくってここまで来ちゃって……。でも今日ここに来るまでとてもワクワクしてたんだ。新しい人と喋れるって。それだけで正直嬉しかったんだ。でも水沢さんは友達になろうって言ってくれた、俺も友達が欲しかったから嬉しい」


 俺は手を差し出し、そしてそれを見た水沢さんは、俺の手を強く握ってくれた。


「こんな俺でよければ……水沢さん、よろしく」


「うん、こちらこそよろしく、益山くん」


 ──かくして、俺は学校一の美少女の『聖女様』、水沢羽音と友達になった。

 そしてそれは高校生活初めてと呼べる友達であった。


「後、今のところは、私と益山くんとの友達関係はみんなに秘密ってことで……いいかな?」


 そう言って小悪魔のような表情を浮かべ、自らの人差し指を顔の前に立ててニヤリと笑った。


「わかった、それじゃあ一緒に教室帰っても怪しまれるだけだし、ちょっと時間あけてから帰るよ」


「あ、確かに、わかった。じゃあね!また連絡するねー!」


「うん、バイバイ」


 俺は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで小さく手を振り続けた。

 俺はそのまま自分の手のひらを見つめた。

 まださっきの握手の感覚が残っている。そして今はその感覚が心地良い。

 

 ──俺、益山渚は今日をもって、高校生活初めての友達が出来た。

 

 そしてそれだけではなく、俺と校内一の人気者、『聖女様』との秘密の関係が始まった。

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