第3話 聖女様と連絡先

 俺はまずはれんげに汁をのせてゆっくりと味わうようにすすった。

 

「お……」


 思わず声が漏れた。これは美味い。

 優しい味の中にもしっかりとお肉の出汁の風味が感じられる。決してくどくないがとても深みがある味だ。

 

 そして続けて俺は麺をすする。

 お、これは……!ともちもちだがコシのある麺に感動していた時、


「どうですか?」


 カウンターの向こうの女店員、水沢さん(?)からついに声をかけられた。

 

 それは俺の存在を気づいてのことなのか、それともいつもの営業トークか、はたまたお客さんと二人きりでなんだか気まずくなってしまって声をかけたか。

 

 それは分からないけどとりあえず俺はありふれた返事をした。


「めちゃくちゃ美味しいです」


 その言葉を聞くと水沢さん(?)もホッと安心したように胸をなで下ろした。


「良かったぁ、実は今日父が体調不良で……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 お父さんの体調不良に乗じて水沢さん(?)が代わりにこのお店を切り盛りしている、ということか。


「このスープも父の秘伝のレシピに習って今日は私が作ってみたんです。お客さんに気に入って貰えて良かったぁ……」


 普通に会話を交わす俺たち二人。

 

 このままやり過ごすことは可能ではあるけど、ここで勇気を出さなかったらこのモヤモヤをずっと抱えたままになるし、このせっかく見つけた美味しいラーメン屋にもなんだか来れなくなってしまいそうで……。


  俺はかなりの勇気をだして、美人店員さんに尋ねた。


「水沢さんだよね……?」


 俺が恐る恐る尋ねると彼女は頭に手を当てて、


「あちゃあ、バレちゃったかぁ……」


 とにっこりした。

 謎になんだか嬉しそうだ。

 

 ……良かったぁ。

 やはりラーメン屋にて豪快な湯切り、そして人を引きつけるような無邪気な、それでもしっかりとしている接客をしていたのは『聖女様』こと、水沢羽音であった。


「同じクラスの益山くんだよね?」


「あ、うん」


 自分の存在を認知してくれていたのか彼女は。

 『聖女様』が俺の事を認知してくれていた、その事実を知って俺は嬉しくなった。


「全然喋ったこと無かったよね、よろしくね」


「うん、よろしく」


 よろしく、と言われたがそれはどういうことなのだろうか。これからも俺と水沢さんが接点を持てるということか。

 

 考えすぎだな。ただの社交辞令だ。せいぜいクラスメートとしてよろしく、位のニュアンスだろう。


「普段は厨房に出たりはしないんだけど、さっき言った通りお父さんが体調不良で、ちょうど出てきたところにクラスメートが来てさすがにびっくりした……でも益山くんで良かったかも……」


「え──」


 益山くんで良かった。

 それはどういう意味だろうか。

 

 しかし、俺が彼女に尋ねてその疑問を解消するよりも前に、ちょうど店の扉がガラガラと開く音がした。


「──いらっしゃいませー!空いてるカウンターどうぞー!」


 お客さんが入ってくると水沢さんは俺から視線を外すと営業モードへと切り替わった。


 俺はラーメンを食べながらも、ラーメンの注文を受け、そして手際よく、そして豪快にラーメンを作る水沢さんの姿を横目で見ていた。

 そして俺はそんな彼女に思わず見とれてしまっていた。


 まぁそりゃそうだ、あんな可愛い子がラーメン作ってたらそりゃ見たくなるさ。

 

 証拠に新しくやってきたサラリーマン二人組もラーメンを作る彼女の後ろ姿をチラチラ見て何やらヒソヒソと話している。

 どうせ『可愛すぎね!?』とかそんな内容なのだろう。

 

 SNSとかでバズっても何らおかしくない。


 そんなことを考えながらも黙々と俺は食べ進めているといつの間にかスープの一滴も残さず完食してしまっていた。

 美味しすぎた。これはリピ確定だな。


「ご馳走様でした」


 一人で小さくてを合わせて感謝を伝えて席を立とうとした時。

 

 水沢さんが何やらゴソゴソとポケットを漁り出した。

 そしてメモ用紙とボールペンをとり出して、何やらその紙に書き始めた。

 

 なんだと思ったが彼女は何かを書き終わると真っ直ぐに俺の方に向かってきてその紙を俺の前へと置いた。

 そしてその紙には、こんなことが書いてあった。


『これわたしのれんらくさき。あとでまたついかしてれんらくしてほしい』


 彼女の綺麗な字でそんなことが書いてあった。

 そしてその後には彼女の連絡先が書かれていた。


 そして俺は顔を上げると彼女と目が合った。

 

 目が合うと水沢さんはニヤリとして俺だけに見えるようにこっそり親指を立ててグッドマークを作った。

 ちょっと恥ずかしかったが俺も控えめにそれに応えると、なにかおかしかったのか水沢さんはふふっと笑った。


「ご馳走様でした」


 そう言って俺は今度こそ立ち上がると、


「ありがとうございました!」


 満面の笑みをうかべた『聖女様』によって送り出された。


 そうしてそんなこんなで。

 平凡なぼっちな俺と学校一人気者の『聖女様』との秘密の交流が始まったのだった。

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