第4話 ノリノリな我が姉

その日の夜。

 俺は家に着くと風呂にも入らずソファに腰をかけてスマホとにらめっこをしていた。

 チラッとさっき『花丸らぁめん』にて水沢さんから貰ったメモ用紙を改めて見る。


『これわたしのれんらくさき。あとでまたついかしてれんらくしてほしい』

 

 その紙を何度も確認しながらこれは現実なんだろうな、そんなことを俺は考えていた。

 こんなの学校一の美少女から連絡先を教えて欲しいです、とナンパされたに等しい。いやそんなことは無いか。


 しかし彼女はどう言った意図で俺にこの紙を渡してきたのだろうか。

 

『よろしくね』


 その言葉が頭の中で蘇る。

 

 社交辞令かと思っていたが俺は今こうして実際彼女からお近付きの印として連絡先の交換を勧められている。

 

 ここで無視するのもおかしいしな、俺は自分にそう言い聞かせて自分を無理やり納得させながらもとりあえず彼女の連絡先を追加した。


「ふぅ……」


 かれこれスマホの画面に向き合って約二十分。

 ちょっと色々なことを考えすぎて疲れてしまった。


「さっきからなぎはなにやってんのー?」


 そんな俺の様子を見かねたのか、俺の姉、益山海月ますやまみつきは痺れを切らして声をかけてきた。

 『なぎ』というのは彼女の俺の呼び名である。


「な、なんでもないよ」


「そうかー?なんかなぎ、ちょっとにやにやしてるなって思ったらいきなり真顔になって考え出したり……さっきから気持ち悪かったぞー?」


「うるせぇな……!」


 気持ち悪いて、ストレートすぎるだろ。

 

 俺の姉、益山海月。俺とは違い陽キャ、と一言でくぐれる訳では無いが、陽気な性格をしており、彼女の周りにはいつも明るい友達が揃う。

 

 俺とは対象的な存在だ。なぜ姉弟間でこんなに差が出てしまったのか。その謎に涙が止まらない。

 そんな俺の姉は、俺の事をからかうように、ニヤニヤしながら詰めてくる。


「まさかなぎ、誰かいい感じの女の子とメールしてるの?」


 ……おお、我が姉ながらなかなかに鋭い。半分正解で半分不正解だ。

 女の子とメールはしようとしているが、全くいい感じとかそんなものでは無い。

 

 しかしそれをバカ正直に話してもさらに事態がややこしくなりそうなのでとりあえず否定しておこう。


「いや、そんなことは無い。……姉ちゃん逆にあると思う?まだ友達も居ない俺にいい感じの女の子が出来てその女の子とのメールとのやり取りに葛藤してるってさ」


 これぞ自虐作戦!

 俺の友達が居ないことは事実なため、この作戦を使うことによりあちらとしても深く踏み込みにくい。

 どうだ、参ったか!──あ、あれ涙が……。

 

 しかしそんな苦肉の策を使用した俺に対して姉ちゃんの返事は意外なものだった。


「いやぁ、まぁなぎに友達がいないのは私も知ってるけどさ」


「ぐっ……」


「でももうそろそろそういう話の一つや二つあってもいいんじゃない?あんたの顔別に悪くは無いし結構整ってると思うし」


 おいおいなんだよ姉ちゃん。そういう言葉は言われ慣れてないから、いざ言われると反応の仕方が分からなくてちょっと照れるじゃねぇか。


「ふふっ、まだまだ子供だねなぎは」


 そんな俺の反応に対して姉ちゃんはふふっと笑った。


「まぁ……女の子の連絡先を頑張って追加して一言目なんて送ればいいんだろう、どうしようって迷ってるんだろうけど、まぁそんな気負わずなぎの言葉で適当に挨拶すればいいんだよ」


「……え、なんでわかったの、怖」


 驚愕する俺に、姉ちゃんは腰に手を当ててえっへんと胸を張った。


「まぁ姉ちゃんにとったら弟の行動の深層心理を探ること、そしてそれを当てることなんてちょちょいのちょいよ」


 これからの姉ちゃんの前での身の振る舞いには少し気をつける必要がありそうだ。

 だって俺の深層心理を探ることはたやすいって……怖すぎないか。

 

 姉ちゃんはそんな少し怯える俺に向き合って目を見てきた。なんだ……。


「……まぁ、姉ちゃんはなぎ、あんたのことをこれでも一応心配してんの。」


「……」


 そんな彼女の口から出た言葉は意外な言葉だった。

 姉ちゃんは一応俺の友達がなかなか出来ないことを気にかけてくれていたらしかった。


「姉ちゃんはあんたのことが可愛くてしょうがないの。だから姉ちゃんが何とかしてあげなくっちゃって思ったりもする。でもそれは本当になぎのためになるんかなとか考えて日々葛藤しているのです」


 そんなふうに、たくさん俺の事を考えていてくれたのは意外だった。

 いつもちょっと喋って、ちょっとからかって来るだけかと思っていた。


「このブラコン姉め」


「ふっ、それの何が悪い」


 照れ隠しで俺は姉ちゃんに抵抗したがそれを一言で一蹴されてしまった。


「まぁ、私が言いたいことはなんか人間関係とかで困ったことあったら姉ちゃんに相談しなってこと人生の先輩として相談に乗ってあげる」


「うん、わかった。ありがとう」


 こんな身近に味方がいるのはとても頼もしいことだ。恵まれてるな、とそんなことを思いながらお礼を言って俺はリビングを後にした。


「なぎ」


「ん?」


「そんな気負いすぎず頑張れっ」


 まぁ少々誤解されてる気もするがまぁいい。


「うんわかった……」


「さすれば汝の道は今開かれるだろう」


「あ、ありがとう」

 

 そのような姉の言葉を背に俺はドアを閉じた。

 

 ……なんだか姉ちゃんいつにも増してノリノリだな。

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