第47話
日和と千尋くんは目を丸くして言葉を失っている。
隣が沈む感覚に、遅れて顔を上げた。不破が隣に腰を下ろして、勝手に輪に参加している。
日和に近付くための接触だろうか。いくら日和が魅力的とはいえ、千尋くんと婚約関係にあると知っていながら、そんなリスクを取るだろうか。
真意をはかりかねて、不破を警戒する。
「初めまして、不破穂高と申します。夏葉さんとは常連仲間でして、夏頃から親しくさせていただいております。ごきょうだいだと伺いました。よろしくお願いいたします」
腰は低いものの、威風堂々たる態度が隠れ切っていない不破の挨拶に、日和と千尋くんがつられる。
「初めまして。夏葉がお世話になっております。夏葉の姉の浅海日和と申します」
「海道千尋です。よろしくお願いいたします」
ビジネス臭のする雰囲気を作り上げておいて、不破の方から態度を崩した。
「まあ、堅苦しいのはこのくらいで。夏葉さんと同世代なら、おふたりも春から就職ですか?」
「はい、そうです」
「では、就職祝いに一杯ご馳走させてください」
不破は2人の恐縮を受け流して、それぞれに希望を聞いて一哉さんにオーダーを通す。
何がしたいんだろう。「千尋くんへの恋を過去のものにする手助けをしたお礼に日和を紹介して」と言われたら、どうすればいい? 不破の思考回路が読めず、苦しい。
グラスが4つ届くと、4人でグラスを合わせた。
乾杯が済んで少し緊張のほぐれた様子の日和と千尋くんに、不破も背もたれに背中をつけて、表情も緩め、くだけた空気を醸し出す。
そして、一体何を言い出すのかと思えば、肩透かしを食らう質問だった。
「夏葉さんはおふたりから見てどんな方ですか?」
私が話題の主役に押し上げられるとは思っておらず困惑していれば、日和も千尋くんも何やら張り切って答え始める。
過去のエピソードを交えながら「優しい」だとか「人見知り」だとか「しっかり者に見せかけてしっかりしていない」だとか、口々に私の印象を語っていく。
質問したのは不破とはいえ、特別興味もないだろう。無性に恥ずかしくなって、小さくなり、ノンアルカクテルを味わうことに専念する。
「──でも、夏葉、ずっと彼氏もいなくて」
不意に、日和は私の恋愛事情に突っ込んだ。
そうそう、と合わせる千尋くんのわざとらしい様子から、2人は今、懸命に私の恋を応援しているのだろうと察する。
日和は、訴えるような眼差しで不破を見上げた。
「夏葉、恋もしないまま、親の勧める人と結婚するつもりなんですよ」
へえ、だなんて、不破は興味もないくせに驚いたふりをする。
日和と千尋くんは顔を見合わせたかと思うと、意味深な笑みを浮かべて不破を見つめた。
「不破さんは、恋人いらっしゃるんですか?」
「いえ、今は」
「ええ! それは良かった」
「夏葉もちょうど彼氏いないしね」
「ね。偶然だよね。なんかふたりいい感じだしね」
2人で下手なパスをまわそうとしている。
黙っているのも限界だ。
「2人とももう」
そのくらいにして、と2人の口を塞ごうと思った。
すると、隣の男は言う。
「私はそのつもりです」
嘘。冗談。はったり。からかい。平然とうそぶいた。
様々な言葉が頭の中を駆けめぐって、なのに思考はぴたりと静まり返っている、おかしな感覚。
「長い付き合いになればいいなと思っています」
不破は1人身勝手な言葉を吐いて「ではごゆっくり」とグラスを持って席を立った。歩きながらグラスの中のお酒を飲み干すと、そのままレジカウンターに向かう。もう帰るらしい。
頭が動かない。
期待はしていない。真に受けていない。ただ、不破の一連の言動への理解が追いついていない。
いや、期待している。私はいつだって期待してきた。些細な期待を繰り返して、0.001がいつか100になればと、無謀な願いを1人膨らませてきた。
だから、心が平然と動く。
これは1人相撲。わかっていて、また踊らされる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます